日々是怪談

日々是怪談 『日々是怪談』

工藤美代子

判型:文庫判

レーベル:中公文庫

版元:中央公論新社

発行:2001年7月25日

isbn:412203860X

本体価格:686円

商品ページ:[bk1amazon]

 中国で購入してきた掛け軸から水が畳に滲む。その時間いたはずのない場所であなたを見た、と言われる。体験したことを話しても信じて貰えることが少ないから、数年前に再婚した夫にさえ打ち明けられない……ラフカディオ・ハーンに関する著書も手がけたノンフィクション作家の著者が日常で体験した、或いは知己から耳にした「説明不能」の出来事を綴る、衒いがないからこそ生々しい怪談集。

「超」怖い話』(特に平山夢明氏担当分)のように狂気の粋を極めたような怪談も多いが、日常の何気ない出来事に紛れ、指摘されなければ意識もしないような怪異も沢山ある。本書はまさにそうした体験を、主に当事者の言葉で綴った怪談集である。同様の趣向は平谷美樹氏『百物語』シリーズ(但し後半になると採集されたものが多かった)や加門七海氏『怪談徒然草』でも見られるが、本書の場合はこのお二人よりも更に日常に寄り添った怪異を、さりげなく違和感なく綴っていることが特色と言えるだろう。

 会話をかぎ括弧で括らず地の文の呼吸にそのまま組み入れてしまった文体、叙述と感情とがほどよいバランスで混ざった文章は、そのまま怪異と日常との絶妙な距離感を捉えるかのようだ。怪異抜きでもけっこう波瀾万丈な人生を送ってきたらしい著者だが、その紆余曲折さえもさらりと描く一方で、ふいと怪異が立ち現れる呼吸はまさに“実体験”ならではの感覚だと思う。変に怪談慣れした書き手は、肝心の場面でやたらと勿体ぶったり印象づけようと仕向けて失敗してしまうところだが、なまじ専門家などではないのが奏功しているのだろう、怪談を気取った書き方をせず随筆風の筆致からいきなり怪異へとスライドするその描き方が、実に自然な怪談を形作っている。

 但し、そうした自然な感覚のために、怪異が発覚する、或いはその背景が判明したときに急激に寒気が生じるような激しい恐怖は感じさせない。あるとしても、日々の営みのさなかからじわじわと染みこんでくる、まるで意識している気温よりも実際のほうが一・二度程度ばかり低いような感覚と言えばいいだろうか、そんな類の恐怖である。それを著者の軽妙洒脱な日常描写が包み込んで、更にインパクトは和らいでいる。怖さを求めるといささか拍子抜けするかも知れないが、その程良い“ふしぎさ”加減が本編を「日常の延長上にある怪談」という正しい立ち位置に置いているように思った。

 いわゆる怪談本の定義に囚われておらず、「こういうのも“怖い話”になるのでは」と収めたストーカーという言葉が定着する以前のストーカー話が結果的にいちばん怖い、というのにちょっと苦笑いを禁じ得ないが、それさえも普通の人が普通の暮らしのなかで怪異に遭遇する、というスタンスからはまったく外れておらず、終始(一見は)天然のままでどんな類書よりも正統的な怪談路線を辿っていることには感心する。

 本書のなかでも既に知人友人の体験をさりげなく取りこみ水増ししているために困難ではあると思うが、出来ればシリーズとして気長に書き継いで欲しいと思う、良質の怪談本。怪談が怖さにのみ依存するのではなく、そのスタンスによって成立するものだと理解している人であれば間違いなく楽しめます。

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