月読

月読 月読(つくよみ)

太田忠司

判型:四六判仮フランス装

レーベル:本格ミステリ・マスターズ
版元:文藝春秋

発行:2005年1月30日

isbn:4163236902

本体価格:1857円

商品ページ:[bk1amazon]

 人が死んだとき、特異なオブジェ或いは周囲と異なる様相を呈した空間を作りだす不思議な現象“月導”と、そこに託された死者の最期の言葉を読み取る異能の人々“月読”。多くの才能がその研究に明け暮れたが、“月導”の明確な法則性も、“月読”の読み取るメッセージの信憑性もまだ確率はされていない。

 舞台は漁獲量の減少によって衰退しつつある地方都市・結浜市。刑事・河井寿充は姪を殺害したと見られる連続暴行犯を追うさなかに、“月読”の朔夜一心と出逢う。成り行きから河井は朔夜の協力を得て事件を調査する一方、二十年前に結浜市で姿をくらました朔夜の“月読”としての師・朔夜心学の行方をも追うことになる。そんな折、地元の名士・香坂家で奇妙な殺人事件が発生し、河井はそちらに駆り出された。だが、現場となった香坂家から行方をくらましたひとり娘・香坂炯子と、行きがかり上彼女を匿う羽目になった高校生・絹来克己が、意外な形で一連の事件と関わることとなる……

 一種のパラレルワールド的な世界に展開する本格ミステリである。作中では“月導”“月読”という空想的な(しかし現実にもどこか近しい要素が見つけだせそうな)定義が世界中に定着しており、“月導”をテーマにした音楽や芸術が多々存在し多くの知識人が研究に携わったが、その代償として科学の発達が現実よりも遅れており、携帯電話もパソコンも一般に普及していない。叡智を尽くしてもその仕組みがほとんど解明されず、最期の言葉であるにも拘わらず意のままにならない“月導”というものが、作品全体に清澄さと一種の諦念のようなものを齎して独特の雰囲気を作りだしている。

 物語は基本的に刑事・河井と高校生・克己のふたつの視点から紡がれる。いずれも身近に生じた出来事や事件から己のアイデンティティに疑いを抱くようになり、それを払拭するために日々煩悶しているという状況にある。この二人の悩みが事件と絡みあい、物語に膨らみを持たせている。

 些細な描写に伏線が張り巡らされ、いかにも考え抜かれた作りは本格ミステリと呼んで差し支えないが、起きる事件が多い一方で謎がなかなか整理されず、彼らが追っているのがいったいどの事件なのか、それぞれの行動がどこに関わっているのかいまいち把握しきれないために、ややカタルシスに欠ける印象があった。そのうち幾つかの出来事はクライマックスで見事に束ねられ、かなり衝撃的な事実を明らかにするのだが、同じ尺のなかで複数扱われているために一個一個のインパクトを薄れさせてしまったように思う。

 特に問題に思うのが、いちばん最後に明かされるいかにもミステリらしい趣向である――果たしてあれは、作品にとって必要だっただろうか? 巻末に付された作品論ではそれらしい解釈を施していたが、それならそれで一連の事件ともっと有機的に絡めて欲しかった。謎としても解決としても、余計な付け足しのように思えてならないのである。

 ただ、複数の事件それぞれに合理的な解決を施して破綻させない手管は見事だし、SF的な設定と呼応させて独特な雰囲気を作りだすことには成功している。主要登場人物たちの身に起きた悲劇や謎に決着をつけ、ほろ苦くも快い余韻を残すあたりはこの著者の本領と言えよう。精緻で誠実な、佇まいの美しい作品である。それだけに尚更、ラストの種明かしがちょっと余計だったと悔やまれるのだけど。

 もうひとつ、個人的には克己と炯子、それに也寸志との微妙な恋愛模様をもっと描いて欲しかったように思うが、本題があくまで“月導”という不思議な死の象徴が齎すものである以上は致し方ないところか。

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