アヒルと鴨のコインロッカー

アヒルと鴨のコインロッカー アヒルと鴨のコインロッカー

伊坂幸太郎

判型:四六判仮フランス装

レーベル:ミステリ・フロンティア

版元:東京創元社

発行:2003年11月25日

isbn:4488017002

本体価格:1500円

商品ページ:[bk1amazon]

「書店を襲撃して、広辞苑を盗もう」関東から仙台の大学に進んだ椎名は、知り合ったばかりの隣人・河崎に突如そんな計画を持ちかけられた。臆病者で万事流されがちな椎名はそんな馬鹿馬鹿しい、と思いつつも、裏口でボブ・ディランの“風に吹かれて”を十回口ずさむあいだモデルガンを構えているだけでいい、という甘言に唆されて手伝う羽目になった。慣れぬ街で立て続けに様々な出来事に遭遇する椎名青年が、実は二年前に始まる、三人の男女の物語に“飛び入り参加”させれたことを知るのは、しばらく経ってからのことだった……気鋭の新進作家が手がけるミステリを上梓するレーベル《ミステリ・フロンティア》の第一回配本であり、吉川英治文学新人賞に輝いた長篇。

 ――これはもしかしたら、とても悲しい物語なのではなかろうか。

 軽妙な文体とユーモアによって柔らかめに装っているけれど、実は随所でハードな問題を突きつけて、ふたりの視点人物の心を揺さぶっている。しかもそのいずれもが、たいていの人が身に覚えのありそうなことばかりで、妙に感情移入してしまう。特にペット殺し関連の出来事は、実際に飼っている人間ならば胸を痛ませずにいられまい。その一方で、残酷な出来事を剥き身のまま描写はしていないので、作品全体の軽妙さとのバランスが保たれている。

 ミステリと言いながら、これといった具体的な謎の提示がないのに、それでも“謎解き”の雰囲気を醸成しているという独特な雰囲気もまた魅力だ。強いて言うなら、視点人物に絡むエキセントリックな人物たちの立ち居振る舞いが謎になっているし、終盤でその幾つかについて意図が解き明かされるのが大きな読みどころになっているが、本当のクライマックスはその謎解きのあとの行動によって、二年前と現在の出来事とが集約される箇所だと考えられるので、やはり本質的にミステリとは別の所を狙っていたのだろう。――それでも、作品の佇まいはどうしても“ミステリ”としか言いようがないのが不思議だ。

 そして、その果てに待つ結末は、なんとも言えぬ無常感を漂わせている。だがその一方で、奇妙な爽快感を遺しているのも事実なのだ。やりきれないラストだし、不穏な伏線を留めながらその後について明確な叙述のない人物もいるのだが、みんなにとってそんなに悪くない決着だったように感じてしまう。それというのも、ラストに置かれた出来事の秀逸さ故、に尽きるだろう。謎めいたタイトルと共鳴して、読了後も長く長く胸の中に響く歌声。ボブ・ディランが聴いてみたくなったら、それはあなたがこの作品に屈した証拠である。

 だから私も、諸手を挙げて敗北を宣言するしかない。お見事でした。

 しかし、個人的にこれを読んでいちばん感動したのは、帯の巧さだった。賞を獲って以降はそのことを明記したシンプルな帯に替えられてしまったが、なんか非常に勿体なく思える。

 とある理由からなかなか手をつけられずにいて、今回某所での話の流れから急遽読んだ伊坂作品なのだが、我ながら損をしている感が募りつつあって、これで確信にまで高まった気がします――が、それでも本編より前のとある作品だけはどうしても手を出す気になれません。その理由の大半は、別作品の“帯”にあったり。本書の場合は読んだあとで顧みて唸らされる“巧さ”だったが、その別作品の帯は手に取った瞬間に胡散臭さと不快さを感じてしまい、どうしても買う気になれませんでした……たぶん、作品自体は本編同様、気に入るような予感があるんですが……

 ……でも、今後に発表される作品は、帯や装幀の出来如何に関わらず手に取れそうな気がします。先入観が払拭されただけでも良しとしよう。

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