白い館の惨劇

白い館の惨劇 『白い館の惨劇』

倉阪鬼一郎

判型:四六判ハード

版元:幻冬舎

発行:2000年1月15日

isbn:4877283536

本体価格:1600円

商品ページ:[bk1amazon]

 2005年11月現在、第四作まで発表されているゴーストハンター・シリーズ長篇の第二作。

 砂漠の中に佇む“白い館”に迷い込んだのは、記憶を失った名探偵・御影原映一。砂嵐に巻き込まれて逃げ込んできた客のひとりが密室状態の部屋で殺害されたため、館に暮らす日沼家の当主・陽がたまたま付近まで訪れていたという映一を呼び寄せたのだという。己の顔も素性も思い出せず、ただ躰に染みついた手順と思考法だけを頼りに捜査に赴く映一だったが、新たな犠牲者が出るに及んで、映一は精神的に追い込まれていく……

 ……話は変わって、世間に身を潜めている吸血鬼のうちふたりであるゴーストハンターと黒川は、波風立てずに人間社会に馴染もうとしている大多数の吸血鬼たちに叛意を示し、吸血鬼の本道に戻って人間たちの生き血を啜って生き長らえるべきだ、と主張する“原理主義者”たちが起こしたと推理される事件の調査を依頼される。よせばいいのにゴーストハンターは“推理”と称した本能的な直感をもって一連の事件を、発生した土地の近くにある日沼家を舞台に起きた殺人事件と結びつけて考えようとする。そこでいちばん最近に起きた事件は、探偵作家・亜麻崎智英が妻の死体を運び、ふたたび斧で陵辱する、という不可解なものであった。そして、亜麻崎が探偵文壇に登場するきっかけとなった短篇の名は、『白い館の惨劇』……

 粗筋を説明するのが厄介な話である。叙述トリックが主体となっているから、というのではなく、提示されているテキストがいったいどういう位相にあるものなのか、ずいぶん話が先に進むまで解らないからだ。五里霧中、更に第二部の扉を開けてみると、それまでとはかなり雰囲気の異なる物語が始まるので、終盤まで一連の叙述がどういう風に連携していくのかが掴めない。随所に盛り込まれたアナグラムや密室、動機不明の犯罪などが更に読者に眩暈を齎す。

 ただ、それらがクライマックスにおいて間然することなく完璧に結びついたかというと、少々疑わしい。確かに様々な出来事は、ある意思のうえに収斂している、という結論に辿り着いているのだが、如何せん解きほぐしている探偵役が超直感型の推理方法を用いているので、出来事それぞれの解決がバラバラのまま、という印象が拭い切れていない。そのために、本格ミステリとしてのカタルシスは若干弱い、と言わざるを得ない幕切れとなっている。

 むしろこの作品は、本格ミステリという手法でホラーを綴ったものというふうに感じられる。比較的理性的であった第一部の序盤に対して、後半からは得体の知れぬ狂気に登場人物が犯されていき、第二部以降はここで胚胎した狂気が間歇的に漏れだしてくる。ゴーストハンターたちをはじめとする吸血鬼たちの深刻だが喜劇的な騒動の合間に覗くシリアスな悪夢が怖気を誘い、それが最後でひとつの大きな恐怖に結びついていく。本格ミステリ的な論理が導き出した恐怖の源泉は、静かだが齎すインパクトは強烈だ。

 特殊な状況設定のうえに構築された端正な本格ミステリ、を期待するとだいぶ肩透かしを食う。だが、てんでバラバラに描かれていた出来事が、ひとつの悪意によって演出されたことを暗示する結末は、個性的なホラーとして捉えれば秀逸だ。

 やや過剰すぎたサービス精神のために均衡を失ってしまった感はあるが、読んでいるあいだの眩暈感と、結末のじわじわと沁みてくる恐怖が味わい深い作品である。このゴーストハンター・シリーズは版元を講談社に移して『青い館の崩壊 ブルー・ローズ殺人事件』『紫の館の幻惑 卍卍教殺人事件』と二作が書き継がれているが、本書と先行する『赤い額縁』が文庫化もされないままになっているのが惜しまれる。

 さて。

 ご存知の通り、著者の倉阪鬼一郎氏はさきごろ婚約を発表、来年春には華燭の典を挙げられるとのこと。これはめでたい、と言祝ぐのと同時に、そういや倉阪氏の作品は大半確保してあるのに、その刊行ペースと自分の読書速度の低下のために、読まないまま仕舞いこんでいる作品が多いことを思い出しました。

 ちょうど自宅の在庫調査を行っていた折り、未読の作品を引っ張り出すことに成功したこともあって、折角の機会と捉えて、春頃まで何冊かおきに倉阪作品を消化していくことにしたのです。当初はシリーズ最新刊『紫の館の幻惑』を読むつもりでしたが、先行するこちらにまず手をつけた次第。

 ――しかし、読み終わったいま、若干の後悔に襲われております。もしかしたら、そういう企画の皮切りとしては、いちばんいけない一冊を選んでしまったかも知れません。何故か、を知りたければ、捜し出してご一読していただきたく。というか、どこかの意地の悪い編集者が、結婚祝いに来年夏頃を目処に文庫化、なんて企画を立ててそうだ。

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