女王蜂

女王蜂 『女王蜂』

横溝正史

判型:文庫判

レーベル:角川文庫

版元:角川書店

発行:昭和48年10月20日

改版発行:平成8年9月25日(平成17年12月10日付13版)

isbn:4041304113

本体価格:705円

商品ページ:[bk1amazon]

 昭和26年5月26日、満18歳を迎えるその日に生まれ育った伊豆下田の離島・月琴島を離れ、父の住まう東京へ転居することが決まっていた大道寺智子。だが、彼女の父・欣造や、さる関係者のもとには、智子の上京を機に惨劇が起きるだろう、という警告状が届けられていた。智子の安全を慮ったさる人物は弁護士を介して、探偵・金田一耕助に智子の警護と、彼女の出生にまつわる19年前の事件の解明を依頼する。金田一は大道寺家側の使者・九十九龍馬とともに月琴島を訪れ、智子や祖母の槙、母の代からの家庭教師・神尾秀子らとともに中継点となる修善寺の宿に滞在する。そしてここで、最初の悲劇が起こるのだった……その佇まいだけで男達の目を惹きつけずにおかない美しき“女王蜂”大道寺智子をめぐる悲劇を、金田一は止めることが出来るのか?

 ……結論から言うと、一個として事件を止められないのだが、それはまあいつものことなので問題にするほどではない。

 冒頭こそ、『本陣殺人事件』『獄門島』など横溝作品を代表する定石に落ち着くのかと思わせるが、しかし事件が動きはじめるのは、中心人物である智子が移動を始めてからであり、後半の事件は東京で発生する。随所に終戦間もない頃の社会情勢や風俗が描かれているが、代表作とは空気が大幅に異なっている。

 主眼が智子の出生の秘密と、婿選びというところに置かれているせいもあるのだろう、作品のトーンはどこかソープドラマ調だ。序盤こそ純朴さを窺わせる智子が、上京を境に変心し読者にもその真意が捉えられなくなり、またそうして彼女が選ぶ行動が悪い形で結実していくさまなどは、ほとんど午後一時台に放送されているドラマのノリである。

 舞台が保養地や都会に移っているために、もともと横溝作品が備えるバタ臭さが強まっており、気になる人にはそうとう鼻につくレベルになっていると感じる。だが、その濃さが楽しめる人にはかなりたまらない類の作品であろう。

 謎解きとしては、初期作品のようなねじ伏せる如き力強さはない。主眼となる19年前の密室殺人の絡繰りはいささか乱暴すぎるし、現代の事件は伏線こそきちんと設けられているし、解決編で金田一が指摘することにはいちいち頷けるのだが、その結果彼のボンクラぶりが他の作品にも増して際立ってしまっている。だが、そのぶん解決とドラマとの連携が巧みであり、クライマックスでのカタルシスと、エピローグにおける甘くもほろ苦い顛末にいい彩りを添えている。探偵小説としての完成度、謎解きのクオリティという点には疑問符を付けざるを得ないが、構成は見事だ。

 代表作と呼ぶには弱いが、一時代を支えた作家の作劇能力が窺える長篇である。重要な伏線に但し書きをつけてしまうような古めかしさまで含めて、味わい甲斐がある。

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