帽子収集狂事件

帽子収集狂事件 『帽子収集狂事件』

ディクスン・カー/田中西二郎[訳]

John Dickson Carr“The Mad Hatter Mystery”/translated by Seijiro Tanaka

判型:文庫判

レーベル:創元推理文庫

版元:東京創元社

発行:1960年9月23日(2002年3月15日付41版)

isbn:4488118046

本体価格:760円

商品ページ:[bk1amazon]

 ロンドンを跳梁し、市内にちょっとした話題を振りまいていた連続帽子盗難事件は、おおかたの想像を絶した展開を迎える。一連の事件を精力的に取材していた新聞記者フィリップ・ドリスコルが、ロンドン塔逆賊門の階段で屍体となって発見されたのである。凶器は太い弓矢、そして頭には、つい先日彼の伯父であるウィリアム・ビットン卿が盗まれたシルクハットが被せられていた。折も折、そのウィリアム卿から、彼がひょんなことから発見したエドガー・アラン・ポオの未発表原稿が盗まれたので是非とも見つけ出して欲しい、という話を持ちかけられていた最中だったギデオン・フェル博士は、『魔女の隠れ家』事件で知遇を得たアメリカ人青年ランポールを助手にこの事件の謎に挑むことになる。“帽子収集狂(マッド・ハッター)”とはいったい何者なのか? そして、ドリスコル青年はなぜ殺されなければならなかったのか?

 密室の謎はないが、それでも本編がカーの代表作に数えられているのは、この書き手の個性と嗜好とが謎解きと物語の構成に大きく貢献し、かつてない纏まりの良さを見せているからだろう。

 密室こそ登場しないものの、提示される謎がまず魅力的である。各所でさまざまな地位の人間の帽子を盗んでは意外な形で持ち主のもとに戻す“帽子収集狂”なる怪人が跋扈し、その事件を追っていた新聞記者が、嘲弄するような手口で殺害される。霧によって視界の遮られた現地には関係者が蝟集し、様々な目論見が錯綜して複雑怪奇な様相を呈する。

 一方で、これもカーの特徴である悪趣味なユーモアも、いい案配で盛り込まれている。やたら犬をかまったり、道具箱に固執したりするかと思えば、佳境に入るとある人物を前に警察の人間を装って訊問をはじめるフェル博士の様子は相変わらず滑稽だが、そのすべてにきちんと意図があることが終盤で明らかになり、(ほんとにそこまでする必要があったのかはともかく)感心させられる。

 そして解決も極めて鮮やかだ。実に本文にして後半100ページほどが解決編に割かれているような格好だが、そのあいだにも奇怪な出来事が繰り返されてなかなか真相は明らかにならず、だが最後はきちんと着地する。惜しむらくは、犯人の告白によって強引に締めくくられるような印象を齎していることだが、これは事件の秘密とそれに対するフェル博士の判断とも無縁ではなく、他にミステリとして閉じる方法はなかったが故だろう。

 告白を受けてフェル博士らが選んだ決断は、感傷的な甘さがあって誰しもが首肯できるとは限らないだろうが、しかしあれだけ乱痴気騒ぎを繰り返した挙句の結末とは思えぬほど繊細で穏やかな余韻を残す点で巧みであることは誰しも否定しないと思う。

 個人的な事情から、読むにあたって必要以上に時間を費やしてしまい、途中で筋を忘れかかることがあったが、しかし終盤に差し掛かると手を止められなくなり、いつの間にかわざわざ前のほうのページを繰らずともきちんと状況が思い出せるようになっていたのは、それだけ前提条件とその展開のインパクトが強かったからだろう。そしてそのインパクトを和らげることなく収束させる手管は、なるほど代表作と呼ばれるのも頷けるものであった。

コメント

  1. baoool より:

    いやあれは正当防衛ですし、お咎めなしは正解でしょう。

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