崖の館

崖の館 『崖の館』

佐々木丸美

判型:文庫判

レーベル:創元推理文庫

版元:東京創元社

発行:2006年12月22日

isbn:4488467016

本体価格:648円

商品ページ:[bk1amazon]

 北海道、様似の街から遥か外れの崖際に佇む館に、富裕なおばと彼女に引き取られた娘・千波が暮らしている。長い休みにはその5人の従兄弟達が集まり、ひとときを過ごしていたが、千波は従兄・研との結婚を控えた矢先に崖から転落死してしまう。以後も変わらず休みには館を訪れ、表面的には和やかな時を過ごしていたが、底には静かな緊張が漂っている。そして千波の死から2年、深く降り積もった雪に囲まれた館にて、絵画の消失事件を契機に不穏な事件が相次ぐ。そして遂に第二の被害者が出てしまうのだった……

 さきごろブッキングから全作品の連続復刻が決定したばかりの佐々木丸美作品であるが、デビュー第2作である本書はそちらに先んじて創元推理文庫に収録される運びとなった。折角なのでさっそく読んでみた次第だが、なるほど推理文庫が取ったのも頷ける、極めて正統的な“館”ミステリである。『幻影城』の登場で復活の兆しを見せながらも、まだまだ本格推理よりは社会派推理全盛であった時代にこんな作品が上梓されていたことに、率直に驚きを禁じ得ない。

 ただ、新本格ムーブメントを経て旧作・新作が氾濫している現在の目からすると、その凝り方には物足りなさは否めない。美術や哲学に関かる談義を中心とした衒学趣味は全般に独善的で拡がりに欠き、またデビュー作でも色濃かった、あまりに理想的で潔癖に過ぎる人物像、過剰に詩的でどこか陶酔したような文章が人を選ぶのは間違いなく、ミステリファンであれば誰にもお薦め、という作品とは言えないだろう。

 だが本編はその、理想的で潔癖に過ぎる人物像や詩情の強さがそのままミステリとしての骨格や謎解きを包み込む衣であり、同時に血肉となっているという特異な構造を備えている。この流れのなかでなければ手懸かりも動機も意味を為さず、たとえば他のリアルな文章や人間像の構築を得意とする書き手に委ねても、豊富な知識で完成度の高い衒学性を付与できる書き手に委ねても、本編は決して容易には完成できないだろう。佐々木丸美という書き手の持つ個性があってこそ、この事件は謎としてミステリとして成立する。

 トリックには強引さが目立つしロジックも乱暴な嫌いは否めない。加えて犯人の意識の流れや最後に取った行動も、作中の推理合戦や芸術論議と同様に独善的で、どうも納得しかねる。それでも、この作品世界に置く限りは決して間違いではない、と感じさせてしまう、雰囲気の強さは唯一無二のものである。

 ミステリとして屈指の名作と呼ぶわけにはいかないが、だがそれでも終始一貫した姿勢とそれに支えられたプロットは、小説として一級の完成度を備えている。読む機会が奪われてしまうには惜しく、創元推理文庫に収録される価値のある作品であるのは確かだった、と思う。改めて復刻が叶ったことを喜びたい。

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