浅見光彦シリーズ新作撮影現場に見学兼エキストラとして潜りこむの事。

 来年早々に、中村俊介による浅見光彦シリーズを3週連続で放映、うち1本が榎木孝明主演で唯一映画化されているためにファンの愛着もひとしおの『天河伝説殺人事件』であることは、先日報道もされたのでご存知の方もあるでしょう。そのハイライトとなる、能楽の舞台上で殺人事件が発生する場面の撮影が本日行われていたのですが、本日はそれに潜入してきたのです。

 私はそもそもミステリを本格的に読み始めたきっかけが内田康夫だったために、未だにチェックはしていますし、開設以来ずっと浅見光彦倶楽部に所属しているのですが、この倶楽部ではときどきドラマ撮影の情報を会員限定でWebに掲載している。いずれ一回ぐらいは覗いてみたい、と前々から思っていたところへ、今回は事務所からわざわざ葉書で通知があった。

 正直、作業がそれどころではない情勢なのですが、しかしこんな機会はそう滅多にあるものではないし、いちど撮影現場を内側から眺めるのはあとあとのためいい経験になるのは間違いない。そんなわけで、思い切って参加してみました。

 場所は渋谷、9時に現地集合、時間厳守。ものの見事にラッシュに遭遇して往生しました。しかも途中の駅で詰まって一時停止、というのが二回もあったお陰で、到着したのは見事に時間ぴったり。セルリアンタワーホテルの地下二階にある能楽堂の客席は既にかなり詰まっていましたが、どうにかぽつんと空いている席を見つけて座らせてもらう。

 ……それから1時間半、音沙汰なし。

 まあ、確かに機材の準備はしてましたが、いつ、どんなタイミングで、どういう手順にて行うのかという詳細な説明はなく、ただただ放置されるのみ。確かに撮影には色々と不確定要素は付き物でしょうが、目安の提示すらなく、更には休憩のタイミングやトイレの場所などとてもとても基本的なことさえ伝達なし。実はこの間、能楽堂の入口などで入場風景といったシーンを細々と撮影していたようですが、だからって集まった人間をほったらかしていいというわけではない。

 10時半頃にようやく、伊東四朗小倉久寛を迎えて、能楽堂での撮影がスタート。基本的に主な出演者が客席側なので、舞台での演技はなし、役者たちの台詞や仕種も至ってシンプルなので、始まってしまうと早い。ちなみにこのとき、私の眼鏡に照明が反射してしまっていたらしいので、途中で外しました。

 伊東・小倉両氏の撮影は11時半くらいに終了し、ここで見学兼エキストラは昼食休憩。13時半に戻って再開します、という話でしたが、その間に帰っていいのか否か、蛙場合なにも言わなくていいのか、という点にも触れず。恐らくこの段階で仕事の事情や疲れによって還ってしまった人もいたと思います。私も若干不快感は覚えてましたが、それを見届けるのも今回の目的だったので、大人しく残りました。渋谷で映画を観るときに立ち寄ることの多い蕎麦屋までわざわざ足を伸ばして食事を摂り、シアターN渋谷の下に入っているアニメイトで軽くお買い物をし、能楽堂内部がえらい乾燥していて喉が渇くことを悟ったためにペットボトルを仕入れて戻る。

 13時半、と言ったのは向こうなのに、ここでも30分ほど待たされました。入ってみれば、スタッフの誰かが身内に向かって「まだ早いんじゃねえの」と囁いている。どうもスタッフ間の連携が取れていないのか、根本的に手際が悪いのか。しかも入場したあとも機材の調整や、次の撮影対象である能の演者たちとの打ち合わせに時間を取られている様子。午前中とこの余った時間を私は読書に当てていたのですが、近日の多忙でぜんっぜん進まなかった本がここだけで200ページ近く進みました。何をしに行ったんだ私は。

 そして能の撮影開始。作中でも重要なポイントとなる殺人の場面でもあるのですが、まずは本職の方たちが必要な部分だけ演じている様子を撮影する。断片とは言い条、さすがに本職だけあってその所作は美しく迫力もある。主要キャストは全員観客という立場での登場ゆえ大きな演技はなく、それが今回物足りない点でしたが、本物の能を部分でも観られたのはちょっと幸いでした。

 が、ここでもトラブルが出来する。恐らくドラマ終盤、事件が片づいたあとで行われる演技を撮影しているとき、スタッフの誰かが「いったい何分やってるんだよこれ」と大声で言い放ったのです。番組に必要な尺が限られているからなのでしょうが、傍から観ている立場から言わせてもらえば、予め打ち合わせておけば解ることですし、そもそも能というのは性質上、厳密な尺が見定めづらい。そのときの演者の組み合わせやノリによって微妙に時間が前後することは考えられる。打ち合わせていないならその程度のことは承知でやるべきなのに、こんな無神経なことを言い出すスタッフがいるのは解せない。

 多分このとき、演者もかちんと来ていたのでしょう。本職の方の撮影が済んだあと、音声のみを入れて、客席側を撮る段になったとき、歌い手の方がスタッフに釘を刺した。
「必要な尺は何分ですか? 私たちは時間が解りませんので、適当なところで止めてください」
 それに、前述のように、状況によって謡のテンポは微妙に異なる。それを意識して同じすることは出来ないが、ちゃんと合わせてくれるのか、と能の演者たちを取り纏めているらしき人が、それまでになくきつい口調で監督を質したのです。浅見光彦倶楽部ではしばしば撮影の見学やエキストラでの参加を斡旋しているため、今回の参加者にも以前から顔見知り同士だった方が多いようで、これだけしんどい現場にも関わらず比較的空気は暖かかったのに、このときばかりは凍りつきました。しかしこれも私には、スタッフがエキストラや能の演者の皆さんを侮っていたがゆえだと思います。打ち合わせておく、或いはちゃんと知識を仕入れておけば、相手を不快にさせて現場でこんな詰問をさせる羽目にもならずに済んだでしょうに。

 とはいえ、現場に冷たい空気が流れたのはこのときぐらいで、あとは和やかでした。それに、集団でのあしらいは低次元ですが、別にスタッフの個人個人が悪いわけではない。あまりに作業が長引き、トイレに行きたいのにどう抜け出せばいいのか解らなくなったとき、近くにいたスタッフを適当に捕まえて訊ねたところ快く応えてくれましたし、出入口を抜けたらスタッフどころか野際陽子まで待機していたのですが、問題なく通してくれました。別に参加者をまるっきり軽んじてたわけではないらしい。

 しかし不手際は最後まで尾を引きました。顕著なのは終盤、作中二度目の舞台を想定した撮影が行われていたのですが、この時点になると随分と人が減り、三分の二ほどになっていた。しかも、そろそろ終わりか、と思ったときにまた新たな指示を出し始めて、一部の人が家人に連絡を取るためいったん会場を出ていった。私は直感的に、もう残すところ2・3シーン程度だろうと思ったので辛抱して待っていたのですが、普通はそう判断しても致し方のないところです。このときちゃんと、「残り何シーンです」と誰かが参加者に大声で告げていれば、このタイミングで帰ってしまう人も、わざわざ家に連絡しようとする人も最小限で済んだはず。そういう対処を怠ったために、人を入れ替えてモブシーンを撮影するはずが、随分似たような人ばかりが集まる羽目になってしまった。もう、終始手際が悪い。

 そんなこんなで、撮影が終了したのは19時半――何と、渋谷入りしてから10時間が経過していました。参加者は基本的に浅見シリーズのファンであり、近くでドラマの出演者を観られてその撮影に参加でき、更に撮影終了直後には主演の中村俊介が快く握手に応えたりしてくれていたので、別段不平を唱える人はあまりいないでしょうが、しかし上記の通り、対応のレベルは極めて低かった。

 まず、エキストラとして参加しているのがどういう立場の人間なのか、そしてその大人数を不快にさせず管理する術を覚えましょう。さもなきゃこういうのに参加した人には永遠に「テレビ業界の人間なんて所詮非常識だから」と思われることになります。

 ちなみに、浅見光彦倶楽部から届いた葉書には守秘義務についての明記はなく、現場でも文書はおろか口頭でさえ伝達された記憶はないので、かなりあけすけに書きました。もしあったとしたらその伝達をちゃんとしていないのも問題だと思うので。

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