『フィクサー』

原題:“Michael Clayton” / 監督・脚本:トニー・ギルロイ / 製作:シドニー・ポラック、ジェニファー・フォックス、スティーヴン・サミュエルズ、ケリー・オレント / 製作総指揮:スティーヴン・ソダーバーグジョージ・クルーニー、ジェームズ・A・ホルト、アンソニー・ミンゲラ / 撮影監督:ロバート・エルスウィット / プロダクション・デザイナー:ケヴィン・トンプソン / 編集:ジョン・ギルロイ / 衣装:サラ・エドワーズ / 音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード / 出演:ジョージ・クルーニートム・ウィルキンソンティルダ・スウィントンシドニー・ポラック、マイケル・オキーフ、デニス・オヘア、ジュリー・ホワイト、オースティン・ウィリアムズ、ジェニファー・ファン・ダイク、メリット・ウェヴァー、ロバート・プレスコット、ケヴィン・ヘイガン、ショーン・カレン、デヴィッド・ランスベリー / ミラージュ・エンタープライゼス&セクション・エイト製作 / 配給:MOVIE-EYE

2007年アメリカ作品 / 上映時間:2時間 / 日本語字幕:林完治

2008年04月12日日本公開

公式サイト : http://www.fixer-movie.com/

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2008/04/17)



[粗筋]

 マイケル・クレイトン(ジョージ・クルーニー)――ケナー・バック&レディーン法律事務所に所属する、“もみ消し屋”=フィクサー。本来法廷弁護士を志して法律の世界に踏み込んだ男だったが、いつしかトラブル解決に使われるのが普通となり、専門家のように扱われていた。いずれこの悪循環を抜け出すつもりでバーを開くが、身内の失態で手放さざるを得なくなり、更に7万ドルを超える借金を早急に返済せねばならない状況に陥る。

 悪魔に魅入られるが如く、マイケルのもとには更に厄介なトラブルが舞い込んできた。大手農薬会社U・ノースと、農薬の害に苦しむ農家との6年に及ぶ訴訟を手懸けていた事務所の共同経営者アーサー・イーデンス(トム・ウィルキンソン)が、和解交渉の席で全裸になり、原告側に属する農家の娘アンナ(メリット・ウェヴァー)に愛を打ち明け、去る彼女を駐車場で追いかけ回したというのだ。アーサーはこの“狂った”事件に長年関わるうちに心を患っており、薬で抑えていたが、それを先日から断っているという。

 拘留されていた彼を保釈し、ホテルになかば幽閉したのち、マイケルは火消しのために奔走するが、しかし事態は最悪の展開を見せていた。U・ノースの法務担当であるカレン・クラウダー(ティルダ・スウィントン)はこれを訴訟を有利に運ぶための材料に目論んでいるのは明白であり、そうしているあいだにもアーサーはホテルからひとり逃げだし、訴訟の妨害を開始する。

 様々な思惑が入り乱れる中、事態は急速に紛糾していく。果たしてマイケル・クレイトンはこの事件を“もみ消す”ことが出来るのか……?

[感想]

 近年、ジョージ・クルーニーはまさに脂の乗った活躍ぶりを披露している。『オーシャンズ』のシリーズでひと癖ある娯楽作品を世界的にヒットさせる一方で、同じスティーヴン・ソダーバーグ監督の『さらば、ベルリン』など趣向を凝らした作品を作りあげ、かと思えば自らが監督としてデイヴィッド・ストラザーンらをアカデミー賞候補に祭りあげた『グッドナイト&グッドラック』のような快作をリリースする。ソダーバーグ監督とはプロデューサーとして名前を連ねることも多く、しかもそのほとんどが良作揃いだ。

 そんな彼の主演最新作である本篇は、演技の点は無論のこと、脚本的にも演出的にも極めて充実した傑作である。キャリア中最高、という声も聞かれるが、それも宜なるかな

 但し、決して解り易い作品ではない。序盤からナレーションやテロップなどの補助なしに、時間軸と視点を錯綜させながら綴られる物語は、人間も事実も関係が複雑で、きちんと考えながら観ることが出来ない人にはかなり退屈に感じられるかも知れない。何せ、これほど陰謀が輻輳しながら、ありがちな暴力や危険な駆け引きというものが極めて少ないのだ。そのためにストレートな緊張を味わいづらく、ただ受け身でスクリーンを眺めていると、終始流れに乗ることは出来ないだろう。

 しかし解釈しながら観続ける分には、これほどスリリングな作品も珍しい。誰が何を、何の為にしているか解らないからこそ謎が生まれ、人物同士が交錯するときスリルが生まれる。

 渦中の人々がことごとく、ありがちな超人に描かれていないのもポイントだ。主人公であり、原題ではタイトル・ロールに当たるマイケル・クレイトンにしてからが、“掃除屋”として高い評価を受けつつも、生活面では寧ろ多くの挫折を味わい、窮地に追い込まれている情けない中年男だ。言ってみれば人脈や知識を駆使した仕事の仕方をしていたために、実力行使には不慣れであり、交渉や隠密行動にも不手際が多い。だからこそ、解釈しながら観ると、その随所に緊張感が生まれる。作中最も事態を紛糾させる弁護士にしても、その狂った言動と確かな知識の支離滅裂さが生々しい。

 特に印象深いのが、ティルダ・スウィントンが演じた、農薬会社の法務を担当するカレン・クラウダーである。初登場では、トイレの中で脇に滴った汗を気にし、その後も公的な場面でのコメントを練習したり服装に悩み続けたり、とひたすら自分のイメージを気にする姿ばかりがクローズアップされるが、そのキャラクターがきっちり物語と噛み合っている。スウィントンは自らが演じた役柄について「同情を集めるキャラクター」と語ったというが、そこに説得力を付与しているのは間違いなく彼女であり、本篇の演技でオスカーを獲得したのも頷ける。

 本篇の圧巻たる側面は、終盤30分に凝縮されている。それまでに語られた要素、登場した人々が随所で絡みあい、ある部分の真相が綴られ、最後の駆け引きに発展する。次から次へと意外な出来事が発生し、仮にここまで退屈して観ていたとしても、この終盤だけは確実に目を惹きつけられるに違いない。

 だが個人的には、正直に言って最後の駆け引きはいささかシンプルすぎるように感じられた――これほど込み入ったプロットを用意したのなら、もっと意想外の駆け引きと逆転が欲しかったように思われる。

 しかしそれは終盤だけを眺めてしまうがゆえの嫌味だ。きちんと全体を眺めれば、必然的にここに辿り着いているのが解る。同じようなクライマックスを用意している作品と並べてみれば、本篇の重みとリアリティは理解できるだろう。間違いなく、同様の趣向のなかでは、本篇の出来は最高峰に位置している。

 と、ほぼ否定する要素のない完成度ながら、ただひとつ、演出については、プロデュースに名前を連ねたスティーヴン・ソダーバーグ監督や、本編のトニー・ギルロイ監督が脚本家として評価された傑作『ボーン・アルティメイタム』らを手懸けたポール・グリーングラス監督のあからさまな影響が窺えるのが若干気に懸かる。だがそれとて、作品を優れたものに仕上げるために確実な方法を選択したがゆえ、と捉えることも出来、そう思えば寧ろ正しい選択であり、こちらのほうが望みすぎているだけだろう。

 本篇は最後にもうひと波瀾ありそうな雰囲気を漂わせながら、しかし結局静かに幕を引く。だが、その過程でスクリーンに大きく映った人物の表情の変化は、言葉がないからこそ饒舌で、苦くも快い余韻を醸成している。

アカデミー賞では最多7部門のノミネートを受けながらも、争う相手が悪く1冠に留まったが、映画史に名を刻むレベルの優れたサスペンスであることは疑いを容れない――ただ、その場限りのスリルを求める向きには合わず、薦める相手に悩む類の作品であるのも確かだけれど。

コメント

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