『ザ・マジックアワー』

監督・脚本:三谷幸喜 / 製作:亀山千広、島谷能成 / エグゼクティヴプロデューサー:石原隆 / 撮影監督:山本英夫,J.S.C. / 照明:小野晃 / 録音:瀬川徹夫 / 美術:種田陽平 / 編集:上野聡一 / 衣装:宇都宮いく子 / 音楽:荻野清子 / VFXプロデューサー:大屋哲男 / VFXスーパーヴァイザー:渡部彩子 / 出演:佐藤浩市妻夫木聡深津絵里綾瀬はるか西田敏行小日向文世寺島進戸田恵子伊吹吾郎浅野和之、市川萬次郎、柳澤愼一香川照之市川崑 / 制作プロダクション:シネバザール / フジテレビ&東宝製作 / 配給:東宝

2008年日本作品 / 上映時間:2時間16分

2008年06月07日日本公開

公式サイト : http://www.magic-hour.jp/

日劇PLEXにて初見(2008/06/07) ※初日舞台挨拶つき上映



[粗筋]

 西洋風の建物が建ち並ぶ、まるで映画のセットのような趣を誇る港町・守加護。ここで“赤い靴”というクラブの支配人をしている備後登(妻夫木聡)にいま、人生最大の危機が迫っていた。

 備後は街を牛耳る天塩商会のボス・天塩幸之助(西田敏行)の部下という側面もあるのだが、こともあろうに備後はそのボスの愛人である高千穂マリ(深津絵里)を寝取ってしまったのである。発覚するやいなや、天塩の腕っこきの手下・黒川(寺島進)らに拉致され、弁解する猶予も与えられず脚をコンクリで固められて海に沈められるところだったが、黒川たちの会話をヒントにこんなことを呟いて、九死に一生を得る。

「こんなとき、デラ富樫がいれば助けてくれるのに……」

 ボスが黒川たちを使ってその男を捜していることを知っての策だったが、実はこのデラ富樫という男、業界で名の通った“幻の殺し屋”であった。5日以内に連れてこい、と指示されたものの、苦し紛れに利用しただけで、所在はおろかろくに噂さえ知らなかった備後に捜し出せるはずもない。“赤い靴”の従業員である鹿間夏子(綾瀬はるか)とバーテンダーの鹿間隆(伊吹吾郎)も東奔西走するが、とうとう見つけ出すことができず、気づけば期日まで残すところあと1日。

 だがここで備後は、とんでもないことを思いついた。デラ富樫の偽者を仕立てよう、というのである。まともに演技は出来るが、売れておらず顔の知られていない、しかしある程度見た目で殺し屋らしいインパクトを齎すことの出来る人物――そんな都合のいい俳優が、恐ろしいことに存在した。

 備後が目をつけたのは、村田大樹(佐藤浩市)という三流役者である。昔に観た映画の暗殺者に憧れて業界に飛び込んだもののまるで芽が出ず燻ること数十年、撮影所で顔は売れているが、来る仕事といえば高所恐怖症の主演俳優に変わって飛び降りる演技を替わったり、穴の開いた脇役を急遽補填するようなものばかり。現場の人間は主演格の我が儘な言動に振り回され、村田のような小者にはろくに見向きもしない。まさに、偽暗殺者にうってつけの人材だった。

 まともな台本はおろかプロットもなし、基本設定以外はすべてアドリブという条件に不審を覚える村田とマネージャーの長谷川(小日向文世)は難色を示すが、どのみちこのままでは行き詰まる、と痛感した村田は、この怪しげな仕事を引き受けることを決める。

 斯くして、暗黒街の人間を相手取った大芝居の幕は開いたのだが……当然ながら、そう簡単に事が運ぶはずはなかった……

[感想]

 舞台の脚本家兼俳優として芸能界に入り、『古畑任三郎』シリーズで一躍人気脚本家となった三谷幸喜の、映画監督としての第四作となる本篇は、公開のひと月以上前から監督やキャストが盛んに各媒体に露出し、CMでは“三谷幸喜最高傑作”と銘打つなど、やたら力の入ったPR活動が話題となっていたが、力が入るのも宜なるかな――確かにこれは、これまでに三谷幸喜が手懸けた『ラヂオの時間』『みんなのいえ』『THE有頂天ホテル』を凌駕し、驚異的な完成度に達した優秀なコメディ映画に仕上がっている。

 三谷幸喜の脚本作品は基本的に、普通のようでいて一風変わった人物造型の巧みさと、伏線を上手く活かして膨らましていく笑いの妙味がその作風の土台にあるが、やもすると狙いすぎて空回りすることが多かった。だが本篇に関して言えば、ほぼ全ての要素が見事に噛み合っている。狙いにも構築される笑いにもブレが生じない。

 最初こそ、いささか間延びしている印象を覚えるが、しかし冒頭で“騙す側”である備後が偽者を仕立てるに至った経緯を綴り、そして続く場面で“騙される側”村田が印象的な登場をすると、タイトルバックを挟んだあとは一気呵成に物語が進んでいく。このテンポの良さは驚異的で、普通であれば長く感じられるはずの2時間を超える尺をほとんど意識させないスピード感である。

 そこから先は、多少説明的なパートが挟まれたとしても、ほぼ2・3分に1回の割で笑いを誘う部分を鏤めていて、まったく飽きる暇がない。随所に小ネタを用意しつつ、登場人物の個性や位置づけをうまく駆使したピンチややり取りを盛り込んで、これでもかとばかり笑いを誘うのだ。

 舞台やテレビドラマで既に充分に信頼を集めた上で監督業をはじめた三谷作品には、1作目から豪華なカメオ俳優が用意されていることでもお馴染みだが、そうした人物にも何かしら特徴が用意されているのも巧みだ。撮影所にて村田が拘わる俳優たちの人柄や、村田がこよなく愛する過去の名作に登場する俳優の演技、佇まいにさえ明確なポリシーを滲ませている。このあたりもまたいい擽りとなっている。

 主な俳優たちの健闘ぶりは言うまでもないが、しかしやはり本篇において最大の胆となっているのは、主演として扱われる佐藤浩市の奮闘ぶりだ。まったく売れていないけれど熱意だけは充分に持ち合わせ、役柄にのめり込むタイプの三流役者を軽快に陽気に演じるかと思えば、芝居に入った部分ではコミカルで奇妙な暗殺者に変貌する。この切り替えの速さ、メリハリが実に小気味いい。そんな彼が背後関係を知らぬままに暗殺者“役”として暗黒街の男たちと接する際の言動と、常識外れの態度に戸惑い誤解を重ねていく周囲の人々、そして必要に応じて危なっかしいフォローをする備後の慌てぶりなどがひたすらに楽しい。特に、黒川と酒場で同席している際、天塩商会の対抗勢力である江洞商会のボスとはち合わせたあたりのくだりの綱渡りぶりは、スリルと笑いを巧みに共存させている。

 そうしたなかで緻密に伏線を重ねていき、挙句に辿り着くクライマックスがまた、予想を飛び超えていて爽快極まりない。ちゃんと細部の描写を活かし、ある意味では御都合主義的だが、それゆえに意表をついた展開を立て続けに用意し、しかし細かなネタを再利用して更なるクライマックスを組み立てていく。このひたすらに笑いを取ろうという意欲の強さはただ事ではない。幾度もひっくり返しながら、結末の印象がとてもハッピーであるのも出色だ。

 あれほど剣呑な場面がふんだんに盛り込まれているのに、怪我はしても誰ひとり死なないというのはあからさまに不自然なのだが、観ているあいだはまったく奇異に思わせないスピード感と力強さ、そして緊張感が素晴らしい。

 色濃い虚構性をあまり意識させないのは、舞台となる港町をはなから非現実的な、日本にはとうていありそうもない風景に作りあげていったことも奏功している。背景が書き割りじみているから、そこでの出来事もファンタジーのように登場人物が受け止めることが出来、観ている側も納得することが出来る。お膳立てからして完璧なのだ。

 あまりに細部に拘るあまり、恐らく1回観ただけでは全てを把握しきれないだろう。その再確認も含めて、観終わった直後にもう一度観たい、という気分にさせる。その時にはまた違った味わいが生まれているかも知れない。そんなことを予感させる本篇は、まさに掛け値無しの大傑作である。

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