『サブウェイ123 激突』

『サブウェイ123 激突』

原題:“The Taking of Pelham 123” / 原作:ジョン・コーディ(小学館文庫・刊) / 監督:トニー・スコット / 脚本:ブライアン・ヘルゲランド / 製作:トッド・ブラック、トニー・スコット、ジェイソン・ブルメンタル、スティーヴ・ティッシュ / 製作総指揮:バリー・ウォルドマン、マイケル・コスティガン、ライアン・カヴァノー / 第二班監督・撮影:アレクサンダー・ウィット / 撮影監督:トビアス・シュリッスラー / プロダクション・デザイナー:クリス・シーガーズ / 編集:クリス・レベンソン / 衣装:レネー・アーリック・カルファス / 音楽:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ / 出演:デンゼル・ワシントンジョン・トラヴォルタジョン・タトゥーロルイス・ガスマン、マイケル・リスポリジェームズ・ガンドルフィーニ、ベンガ・アキナベ、ジョン・ベンジャミン・ヒッキー、ヴィクター・ゴイチャイ / スコット・フリー&エスケープ・アーティスツ製作 / 配給:Sony Pictures Entertainment

2009年アメリカ作品 / 上映時間:1時間45分 / 日本語字幕:寺尾次郎

2009年9月4日日本公開

公式サイト : http://www.subway123.jp/

TOHOシネマズ日劇にて初見(2009/09/04)



[粗筋]

 ニューヨーク、午後2時。地下鉄の運行指令室でモニターを睨んでいたウォルター・ガーバー(デンゼル・ワシントン)はある異変に気づいた。ペラム123号――ペラム駅1時23分発の列車を指す――が駅と駅の中間地点で突如停止したのだ。

 ガーバーは乗り込んでいるはずの運転士に呼びかけ続けるが、一向に返事はない。そうしているあいだにペラム123号は運転席のある車輌以外を切り離し、後退させてしまった。ガーバーが他の列車を別の線路に待避させたり対処をしていると、ようやくペラム123号からの無線が入る。

 無線の相手は、搭乗している運転士ではなかった。――ペラム123号は、複数の男たちによってジャックされていた。

 通信してきた男はライダー(ジョン・トラヴォルタ)を名乗り、ガーバーを交渉相手に指名、NY市長に連絡を取って、いまから1時間以内に一千万ドルを用意させるよう要求する。

 ほどなく、ガーバーたちの詰める運行指令室に、ニューヨーク市警のカモネッティ警部補(ジョン・タトゥーロ)らが到着すると、ガーバーの上司ジョンソン(マイケル・リスポリ)はガーバーに「交代時間だ」と言って帰宅を命じる。カモネッティ警部補も、交渉は自分が請け負うと言い、ガーバーには反論する術はなかった。

 だが、ガーバーが指令室を去ろうとしていたとき、通信してきたライダーは、彼を下げてしまったことに激昂、運転士を射殺してしまう。慌てて呼び戻されたガーバーがふたたび無線の前に陣取ることになるが、カモネッティ警部補はそんな彼に疑惑の目を向ける……

[感想]

 トニー・スコットはその作風がイメージしやすい映画監督である。空撮を多用し、静止画を頻繁に組み込みながらもテンポのいい編集、そしてカーチェイスや爆発といった派手な見せ場。コーエン兄弟が最新作『バーン・アフター・リーディング』で、衛星映像からのクローズアップと、場所や現在時刻を示すテロップを用いて「トニー・スコット監督風」と言い張っていたが、そうした手法即ち、と言えるくらいにトニー・スコットのスタイルは定着している。

 本篇でも冒頭からトニー・スコット監督らしさが炸裂した演出が繰り広げられる。運行指令室の様子がスピーディに綴られる合間に、地下鉄ジャック犯が順次ターゲットとなる車輌に乗り込んでくる姿が描かれる。そしてジョン・トラヴォルタ演じるライダーが運転士の頭に銃を突きつけたあたりから、折に触れて現在時刻が表示されるようになる。本篇のように事件の発生からタイムリミットまでが1時間程度、事実上リアルタイムで話が進んでいく作品だと尚更に効果的な手法だが、それがトニー・スコット監督独特のスタイルと噛み合って、牽引力は強い。

 そういう表現手法自体に期待を寄せているのなら満足のいく仕上がりであることは間違いないのだが、時間制限を設けたサスペンスとして眺めると、正直なところ決して優れた内容ではない。

 サスペンスを盛り上げるのは緊迫した駆け引きに意図の読めない行動、鏤められた謎が順次解き明かされていくカタルシスなどが挙げられるが、本篇はこのうち“緊迫した駆け引き”ぐらいしか成功していない。運行指令室や捜査陣にとって、無理のある犯行、謎めいた行動の数々も、観客に対してあからさまなヒントを提示しすぎているために、緊迫感を強めるには至っていない。鏤められた謎が解き明かされる様も、観客にとっては解りきっているものに捜査陣がいつどのタイミングで気づくか、という格好で興味を惹いているだけで、そこにあまりカタルシスが感じられなかった。

 締め括りにしても、少々釈然としない想いを抱かされる。あれほど方々振り回したわりには妙に潔すぎる一方で、当事者にとってトラウマになりかねない行為を描いておきながら、そのまま放り出してしまっている印象があるのが解せない。奇妙な居心地の悪さ、余韻に微かな毒を滲ませたかったのかも知れないが、過程の遊戯性、派手なアクション描写といまいち釣り合っていないために、落ち着きが悪くなっている。

 トニー・スコット監督ならではの派手なアクションも、今回は行きすぎの感がある。制限時間内に身代金を運ぶために、そうでなくても混雑しているニューヨーク市街をパトカーと白バイ隊に疾走させ、結果として犯行とは無関係なところでクラッシュが発生してしまったり、やたらひどい理由で、思わぬタイミングに警察サイドの狙撃手が発砲してしまったために混乱が生じるなど、計算外であるのは許すとしても、作り手の姿勢としていささかおふざけが過ぎているように思えてしまう。見せ場であることは確かだが、結末で醸し出そうとした余韻と並べてみるとどうも不自然だ。

 しかし、それでも過程の緊迫感は優れているし、ところどころ首を傾げつつも、終始ハラハラさせる展開は観ていて飽きることがない。

 そしてやはり、主演の二人の貫禄が物を言っている。犯人側のジョン・トラヴォルタは冒頭からクレイジーな物言いに、交渉役が外されると容赦なく運転士を射殺するといった冷酷さ、計算高さがうまく溶けあい、悪役としての圧倒的な存在感を示している。対するデンゼル・ワシントンは身辺に色々と難しい事情があるが基本的に何処にでもいそうな中年男として、突然の緊急事態に困惑する様を巧みに演じながら、駆け引きの合間にライダーから細かく情報を引き出すクレバーさを自然に見せつける。

 この中心人物ふたりの背景がきっちり作られていることを思えば、あの結末も本来はしっくりいって然るべきなのだが、今回はトニー・スコットならではのスタイリッシュさ、娯楽性とサスペンスの中に織りこまれるドラマとのバランスがあまり整っていないために、着地が乱れた印象だ。

 謎解きの緻密さ、面白さ、独創性などを基準にすると評価出来ないが、メイン二人の駆け引きを中心に構築される緊迫感は充分に魅せているし、いささかドタバタ劇のきらいはあるものの派手なアクションも観る者を退屈させない。娯楽映画として充分に楽しめるだろう――ただ、スコット監督の作品を好んでいる人ほど、食い足りない想いを抱く可能性があることを指摘しておきたい。

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コメント

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