『インフォーマント!』

『インフォーマント!』

原題:“The Informant!” / 原作:カート・アイケンウォルド / 監督:スティーヴン・ソダーバーグ / 脚本:スコット・Z・バーンズ / 製作:グレゴリー・ジェイコブス、ジェニファー・フォックス、マイケル・ジャッフェ、ハワード・ブラウンスタイン、カート・アイケンウォルド / 製作総指揮:ジョージ・クルーニー、ジェフ・スコール、マイケル・ロンドン / 撮影監督:ピーター・アンドリュース(スティーヴン・ソダーバーグ) / プロダクション・デザイナー:ダグ・ミーアディング / 編集:スティーヴン・ミリオン / 衣装:ショシャーナ・ルービン / キャスティング:カーメン・キューバ / 音楽:マーヴィン・ハムリッシュ / 出演:マット・デイモン、スコット・バクラ、ジョエル・マクヘイル、メラニー・リンスキー、ルーカス・キャロル、エディ・ジェイミソン、ラスティ・シュウィマー、リック・オーヴァートン、トム・ウィルソン、クランシー・ブラウン、トム・パパ、トム・スマザース、ディック・スマザース / セクション・エイト=ジャッフェ/ブラウンスタイン・エンタープライズ製作 / 配給:Warner Bros.

2009年アメリカ作品 / 上映時間:1時間48分 / 日本語字幕:今泉恒子

2009年12月5日日本公開

公式サイト : http://www.informant.jp/

恵比寿ガーデンシネマにて初見(2010/01/02)



[粗筋]

 マーク・ウィテカー(マット・デイモン)はその頃まで、順風満帆の人生を進んでいた。農業関係の製品を扱う大手企業ADMに就職すると、33歳の若さで重役に名を連ね、コーンを加工し“リジン”という添加物を製造する大工場の管理を任されるまでになっていた。

 だが、1992年にこの工場で大問題が発生する。特殊なウイルスがリジンを生産する細菌に影響を及ぼし、毎月700万ドルの損害を齎しはじめた。会社の副会長ミック・アンドレアス(トム・パパ)から早急に赤字の解消を命じられるが、被害はなかなか終息を見なかった。

 そんなさなか、マークのもとに一本の電話がかかってきた。相手は日本の大企業に勤める男。彼は工場のトラブルを熟知しており、損害額まで的確に指摘した上で、こんな話をしてきたのだという。ADMにはこの日本企業のスパイが潜りこんでおり、工場の機械にウイルスを投入したのもスパイである。もし自分に1000万ドル支払えば、スパイを教えるし、ウイルスを除去する方法も教える、と。

 副会長から妥協できる最低限の額を探り出せ、と命じられるが、なかなか進捗しないまま月日は経ち、とうとう会社はFBIの介入を求めた。担当捜査官のブライアン・シェパード(スコット・バクラ)は証拠を確保するため、盗聴器の設置を行うことを告げる。だがマークはこれに快い顔をしなかった。日本企業の男はマークの家に引いた回線にも連絡を取ってきているらしい。

 これも立件のため、とブライアンはわざわざマークの家を自ら訪ねて盗聴器の設置を行うが、そこでマークの妻ジンジャー(メラニー・リンスキー)は夫を諭して、捜査官にある告白をさせる。実はADMは多くの製品で、世界中の同業他社とのあいだに価格協定を結んでいる、というのだ。

 もし価格協定が実際に行われているならば、被害額は“脅迫”の比ではない。ブライアンたちFBI捜査官は色めき立つが、立件のためにはやはり何らかの証拠が必要だった。ブライアンはマークにマイクレコーダーを携帯するように請い、会合の場にどうにか隠しカメラを設置するなど、更に踏み込んだ協力を求める。

 ……だが、この時点ではまだ誰も気づいていなかったのだ。事態がよもや、あんな酷い方向へ転がっていくなどとは……

[感想]

 単独では“ジェイソン・ボーン”シリーズに『グッド・シェパード』など、硬派で重みのある人物像を演じることの多いマット・デイモンだが、スティーヴン・ソダーバーグのメガフォンで演じるときは、コミカルな人物像に扮することを敢えて選んでいるかのようだ。大ヒットとなった“オーシャン”シリーズではメンバーのなかでいちばん若くミソッカス扱いされている男を3作続けて演じ、ようやくそれが決着したかと思えば、今度は本篇である。

 ただし、ミソッカス扱いされていた、しかもオールスターキャストのためどうしても目立ちにくかった“オーシャン”3作とは異なり、本篇は彼の演じる実質的なタイトルロール、内部密告者(インフォーマント)であるマーク・ウィテカーが作品全体を支配している。この存在感というか、圧倒的な魅力というか、強烈な鬱陶しさはただ事ではない。

 冒頭から随所でマークのナレーションが織りこまれるが、これが驚くほど、ほとんど本筋と関わりがない。あとで絡むのかと思って真剣に耳を傾けてみたが、結局その場限りで消えてしまうものがほとんどだった。しかしこの奇妙なナレーションの意味合いは、早いうちに察しがつく。会議の最中、唐突にネクタイの柄に興味を抱いた彼は、安売りのメカニズムに想いを馳せ、ナレーションが他の人物の提言の上に折り重なったまま話は続いて、結局マークは何も聞かないまま会議が終わってしまう。

 つまり、このナレーションの組み込み方がそもそもマークという男の人柄を非常によく象徴しているのだ。頭は良く知識も豊富だが注意力散漫、それでいて急速な昇進を成し遂げたのは、話半分に聞いていても誤魔化すことの出来る話術を備えていることに因る。

 こういう人物の視点から綴っている、と気づいた時点で、観客は彼以外の登場人物と同じ心境に陥らされる。なかなか事態の全体像が掴めず、話が進むほどに彼への信頼感が薄らいでいく。

 そのくせ妙に憎めないのは、著しいお調子者だからだ。隠しカメラの位置を、わざわざ覗きこんで確認して、モニターで眺めている捜査官を慌てさせたり、事件とは関係がないと思われる大工に、カバンに隠したテープレコーダーを披露して“諜報員0014だ。007の倍賢いから”などとうそぶいたりする。客観的に見ていて、これほど愉しい人物像もあるまい――無論、間近にいて、犯罪の捜査を進めたり何らかの隠蔽を行わねばならない人々にしてみればハラハラし通しだろうが。終盤に差しかかって、ある人物が彼との別れ際にわなわなと腕を震わせて「殴ったろか、こいつ」という雰囲気を顕わにするが、観る者としては同情を禁じ得ないはずだ。ましてその人物に、あとで訪れた出来事を思うと、なおさらに気の毒で仕方ない。

 同じテーマを、他の監督が普通に処理すれば恐らくこれは極めてシリアスなドラマになったはずだろう。それを、人物像に着目して、敢えてコミカルに描き出したのが監督の優れた着眼であり、わざわざ体重を増やして体型を丸くし、ある意味で親しみやすく、見ようによっては非常に鬱陶しく演じたマット・デイモンの役者ぶりも見事だ。

 この事件の決着は、見ようによってはこのマーク・ウィテカーという人物に誰も彼もが振り回され害を被った、というだけの“悲劇”だが、一方で血は一滴も流れていないし、考えようによっては社会に貢献したとも取れ、その矛盾した結末はどうしようもない“喜劇”でもある。その微妙で収まりの悪い結末を、コメディとして割り切って描いたことで、不思議と快い余韻を残してしまうのが見事だ。

 約5年に及ぶ長い物語をスピーディにテンポよく綴り、終始飽きさせない。知的に洗練されながら、どこかすっ飛んだ愉しさを味わわせてくれる、良質のエンタテインメント作品である。私は観終わってしばらくして、国こそ違うが、これはもしかしたら“平成の無責任男”と題してもいい作品ではなかったか、と感じた――だとするととんでもないところに後継者がいた、という話だが。

関連作品:

オーシャンズ13

ボーン・アルティメイタム

グッド・シェパード

デュプリシティ 〜スパイは、スパイに嘘をつく〜

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