『板尾創路の脱獄王』

『板尾創路の脱獄王』

企画・監督:板尾創路 / 脚本:板尾創路、山口雄大増本庄一郎 / クリエイティヴディレクター、編集:山口雄大 / 撮影:岡雅一 / 照明:松隈信一 / 美術:福田宣 / 衣装:宮本まさ江 / VFXスーパーヴァイザー:鹿角剛司 / 装飾:渡辺誉慶 / 特殊メイク、特殊造形:西村喜廣 / アクションコーディネーター:カラサワイサオ / 録音:九連石由文 / 音響効果:粕谷浩之 / 音楽:めいなCo. / 出演:板尾創路國村隼オール巨人阿藤快、木下ほうか、増本庄一郎、金橋良樹、榎木兵衛、川下太洋、津田寛治木村祐一宮迫博之千原せいじぼんちおさむ笑福亭松之助石坂浩二 / 製作:吉本興業角川映画 / 配給:角川映画

2009年日本作品 / 上映時間:1時間34分

2010年1月16日日本公開

公式サイト : http://www.datsugoku.com/

ユナイテッド・シネマ豊洲にて初見(2010/02/06)



[粗筋]

 昭和初期、信州にある刑務所に、ひとりの男が収監された。微罪で逮捕された彼、鈴木雅之(板尾創路)は、だが二度にわたり拘置所からの逃亡を図って、罪状を重くしている。

 ここではそう簡単に逃げられない、と看守たちは侮っていたが、鈴木はそんな彼らを嘲笑うかの如く、収容された当日に脱獄した。動揺し、山捜しを始める看守たちだったが、看守長の金村(國村隼)は拘置所時代の鈴木の行動から、直感的に彼の逃走経路を探り当て、捕らえることに成功する。鈴木が逃げていったのは、よりによって発見しやすい線路沿いだった。

 あれほど容易く脱獄の出来る男が、何故解り易い逃げ道を選んで捕まってしまうのか? その事実に関心を抱いた金村は、昇進の辞令も休みも返上して、鈴木の監視を続ける。しかし彼はなかなか行動を起こすことなく、半年を経て、遂に金村が半ば強制的に休みを取らされたそのあいだにふたたび脱獄した。

 以後、鈴木は多くの刑務所を転々としながら、まるで周囲を嘲笑うかのように――いや、表情はまったく窺わせないまま、淡々と脱獄し、すぐに捕らえられ、を繰り返した。もともとも取るに足らない微罪で捕まったはずの彼の刑期はその都度膨れあがり、いつしか国家反逆罪に匹敵するほどの刑期が課せられていた……

[感想]

 近年、お笑い芸人が映画監督に進出するケースが増えている、という話は、この前の『かずら』の感想で触れた通りだ。この分野への進出が意外な人物もいれば、そうでない人物もいる――誰を意外と感じるかは、個々人の見方によって異なるだろうが、私の主観からすると、最も意外に感じなかったのが、本篇を手懸けた板尾創路だった。

 既に自身が主演しない短篇を撮っている、という事実もあるが、この芸人の才能はもともと、明確な物語性を備えた表現手法に合っているように思えたのだ。バラエティ番組にて一種ジョーカーのような役回りで登場すると、ろくに言葉も発さず、表情や佇まいで笑いを取ると、実に潔く去ってしまう彼のスタイルは、そもそもとても映画への親和性が高かった、と思えてならない。だから、配給会社の公式サイトで本篇の存在を知ったとき、意外に感じるよりも「へえ」と声を漏らして納得してしまったほどなのである。

 たからこそ期待を寄せ、公開から少々遅れてしまったが、わざわざ劇場まで足を運んで鑑賞した。そして、その期待が的外れなものでなかったことを確信した――いい意味でも、悪い意味でも。

 いい意味でも、というのは、その表現の堂々たる安定感だ。映画好きが予備知識なしで鑑賞しても、やはり不慣れさは随所に感じつつ、クラシカルな日本映画の佇まいを再現し、快くパロディさえしている作りに驚かされることだろう。説明的な台詞をほとんど廃し、おかしなくすぐりもせずに淡々と綴られる序盤は、芸人だから笑いのふんだんにちりばめられた物語を、と期待した観客には失望をもたらすだろうが、見応えに富んでいる。

 問題は、悪い意味のほう、だ。序盤の語り口から、滋味深い締め括りや感動的なクライマックスを想像して待っていると、卓袱台返しに等しい結末が待っている。なまじ、往年の日本映画を思わせる佇まいに浸った人間ほど呆気に取られ、釈然としない想いを抱くだろう。

 困るのは、本篇のこうした組み立てが失敗ではなく、恐らくは製作者の意図を完璧に形にしたものだ、と察せられる点だ。観終わったときしばし呆気に取られるが、最後の金村の台詞を踏まえて一連の物語を振り返ってみると、まさに彼の言った通りの事実を汲み取ることが出来る。その瞬間、シリアスで緩やかな緊迫感に覆われていた物語の様相が逆転する。それこそ製作者の狙っていたものであり、そうして検証してみると、ほとんど隙のない作りになっている。

 映画業界の外側の人間が手懸けたから失敗した作品、ではない。むしろ、映画業界の外にいた人間が、映画という表現媒体を駆使して、己のスタイルに似合ったものを完璧に織りこんでしまったからこそ、観る者を戸惑わせ、共鳴できる観客のみ唸らせるような作品になってしまったのだ。

 たぶん、この上なく人を選ぶ作品である。板尾創路という芸人のファンであっても、彼のどういう部分に惹かれているか、なにを評価しているかによって、本篇に対する好感度もまるで違ったものになるだろう。非常によく出来ているのは確かなのに、悩ましいほど人に薦める言葉に悩む難物である。

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コメント

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