『ガールフレンド・エクスペリエンス』

『ガールフレンド・エクスペリエンス』

原題:“The Girlfriend Experience” / 監督・編集:スティーヴン・ソダーバーグ / 脚本:ブライアン・コッペルマン、デヴィッド・レヴィーン / 製作:グレゴリー・ジェイコブス / 製作総指揮:トッド・ワグナー、マーク・キューバン / 撮影監督:ピーター・アンドリュース / 美術監督:カルロス・ムーア / 衣装:クリストファー・ピーターソン / キャスティング:カルメンキューバ / 音楽:ロス・ゴッドフリー / 出演:サーシャ・グレイ、クリス・サントス、フィリップ・アイタン、グレン・ケニー、ティモシー・デイヴィス、デヴィッド・レヴィーン、マーク・ジェイコブソン、T・コルビー・トレーン、ピーター・ツィッツォ / 配給:東北新社

2009年アメリカ作品 / 上映時間:1時間17分 / 日本語字幕:? / PG12

2010年7月3日日本公開

公式サイト : http://www.tfc-movie.net/girlfriend/

シネマート新宿にて初見(2010/08/07)



[粗筋]

 ニューヨークで暮らすチェルシー(サーシャ・グレイ)の仕事は、男たちの“恋人”。いわゆる高級エスコート嬢として、日ごと夜ごとに様々な男たちの心と身体とを慰めている。

 そんな彼女にも、金銭の絡まない恋人がいる。チェルシーの恋人、スポーツジムのインストラクターをしているクリス(クリス・サントス)は、だが日々大金を稼ぎ、更に事業を拡大しようとしている彼女に対し、雇い主からの定まった収入しか得られない己のキャリアに行き詰まりを感じ、焦っていた。

 それでも2人きりのときは穏やかな時間を過ごしていたが、ある日、クリスが休日に顧客とラスヴェガスへ旅行に赴く計画を持ちだしてきたことで、関係がぎこちなくなる。チェルシー自身は休日をクリスのために空けているというのに、顧客からの誘いで反故にするクリスの態度が、どうしても納得出来なかった。

 クリスとの関係悪化を引きずりつつも仕事には手を抜かないチェルシーの元に、脚本家であるという新しい客デヴィッド(デヴィッド・レヴィーン)からの問い合わせが入る。エスコート経験のない客を取るのは、チェルシーが自らに課していたルールに反する行動だったが、彼女はある理由からデヴィッドの依頼を引き受けた……

[感想]

 近年のスティーヴン・ソダーバーグ監督はすっかり、一般受けしやすい大作も、玄人受けするクセの多い小品も撮ることの出来る、職人的な監督という評価が定着した感がある。だがそれでも最近の作品は全般に大作になるか、メイン・キャストに大物俳優を起用して、幾分華々しさを印象づけるものが多かった。

 そう考えると、ほぼ全キャストが無名である本篇は、特に趣味的、インディペンデント精神を感じさせる1本――と言えなくもないが、しかし実のところ、メインに起用された女優は、ある意味大物俳優に匹敵するぐらいの話題性を備えている。

 日本では少々特異な趣味の持ち主しかその名前を知らないだろうし、実際私も本篇の情報を得たときに初めて知ったのだが、ヒロイン・チェルシーを演じているサーシャ・グレイは、現役のポルノ女優なのである。検索をかければ解る――が、思いの外ハードコアな作品にも出演しているので、耐性のない方は調べない方が賢明だ。

 しかし、作品に細やかな工夫を施すことを怠らないスティーヴン・ソダーバーグ監督のこと、単純に話題性だけとか、高級エスコート嬢という役柄にうまく溶けあうから、といった浅はかな考え方で起用したわけではないだろう。作品序盤を鑑賞しただけでも、それは実感出来る。

 冒頭、何処か商売っ気を覗かせながらも親しげに“顧客”と会話を交わす姿に滲む、気高さと媚態の入り混じった表情は、恐らく彼女と同世代の女優には簡単に出せないものだろう。文字通り肉体を使い、己を魅せる技を熟知しているからこそ出来る佇まいは、彼女を起用したソダーバーグ監督の眼力に一瞬で納得させられるはずだ。

 以降の表情のメリハリにも説得力がある。記録を取っている体で挿入されるナレーションは事務的で知性の閃きを感じさせ、“エスコート嬢”という仕事に誇りと確信を持って就いていることを窺わせる。他方で、同棲する恋人の前ではほとんど媚びた態度は見せない。とても率直であり、大切なふたりの時間を奪うような約束をしてきた恋人にぶつける怒りは、決して言葉遣いが激昂していないだけに余計温度を感じさせる。かと思うと、仕事や恋人に関する悩みを同性の友人に相談している場面では、心なしか世慣れない、純情な女の子のような表情を垣間見せる。相手によって表情が変化するのは普通のことだが、こうして説得力を感じさせるのは、サーシャ・グレイという女性の頭の良さと、ドキュメンタリー・タッチのカメラワークを選択したソダーバーグ監督の腕があってこそだろう。

 時折クリスに目を向けながらも、説明を廃し丹念にチェルシーの姿を追う映像から滲んでくるのは、特異な仕事であっても決して他の職に就く人々と変わらない真摯さと、それ故に生じる孤独と虚しさだ。裕福な男性達が多く集い、生活する都会でしか成立しない物語であるだけに、その佇まいはストレートに都市生活を象徴しているように受け取れる。

 もうひとつ印象的なのは、男性の身勝手さだ。約束に対して厳格であろうとするチェルシーに対して、男は感覚で柔軟に変えてしまいたがる。物語の目線がほぼチェルシーの側に立っているだけに、クリスと他の男たちが無責任に交わす会話に苛立ちを覚えてしまうほどだ。そして、本業で彼女が受ける仕打ちに、理想と現実との乖離を思わせる。

 本篇は様々な出来事に対して、明確な答を示すことなく、まるで投げ出すかのように終わる。唐突に感じられるラストシーンは、しかしエンドロールを眺めながら幾度も吟味しているうちに、ひどく意味深なものに思えてくるはずだ。それはチェルシーの、まるで何事もなかったかのように普段通りの“仕事”のひと幕のはずだが、一瞬、その裸の背中に、剥き出しの心情が滲んでいるように映る。

 基本的にアウトラインのみを指定し、細部は俳優のアドリブに委ねたという台詞は、全体での結びつきがいささか緩く会話劇としては少々散漫とした印象を禁じ得ないが、しかし撮影の行われた2008年頃の、経済破綻や大統領選を控えた空気が克明に刻まれていて、まるで当時のニューヨークに身を置いているかのような錯覚を齎す。だからこそ余計に、チェルシーという女性の実感する虚しさや孤独が余計冷たく重く伝わってくる。

 センセーショナルな題材だが、しかし描こうとしているものはとても人間的で奥行きがある。こういう話をスタイリッシュに、一見軽く、しかし毅然と描き出してしまうあたりが、スティーヴン・ソダーバーグという映画監督の傑出したところであり、怖さである、と思う。

 なお本篇の中で、サーシャ・グレイはアダルトビデオで演じているような濡れ場はいっさい披露していない。下着姿や乳房は惜しげもなく見せるが、決して媚びた態度は見せていないので、剥き出しのエロスを期待すると相当肩透かしを食う、どころかきっと眠気を覚えるだろう。その辺、是非とも勘違いしないようにしていただきたい。

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コメント

  1. […]  久々にレンタルで映画を鑑賞。スティーヴン・ソダーバーグ監督作『ガールフレンド・エクスペリエンス』と『Babble/バブル』をセットにしたもの。 […]

  2. […] 2010年7月17日日本公開 2011年3月16日映像ソフト日本盤発売(『ガールフレンド・エクスペリエンス』同時収録) […]

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