『ブラディ・サンデー』

ブラディ・サンデー スペシャル・エディション [DVD]

原題:“Bloody Sunday” / 原作:ドン・マラン / 監督&製作:ポール・グリーングラス / 製作:マーク・レッドヘッド、アーサー・ラピン / 製作総指揮:ピッパ・クロス、アーサー・ラピン、ジム・シェリダン、ロッド・ストーンマン、ポール・トライビッツ、トリスタン・ホエーリー / 撮影監督:アイヴァン・ストラスバーグ / プロダクション・デザイナー:ジョン・ポール・ケリー / 編集:クレア・ダグラス / 衣裳:ディナー・コリン / 音楽:ドミニク・マルドゥニー / 出演:ジェームズ・ネスビット、ティム・ピゴット=スミス、ニコラス・ファレル、ジェラルド・マクソーリー、キャシー・キエラ・クラーク、クリストファー・ヴィリアーズ / 映像ソフト発売元:Paramount Home Entertainment Japan

2002年イギリス、アイルランド合作 / 上映時間:1時間50分 / 日本語字幕:?

日本劇場未公開

2004年7月23日映像ソフト日本盤発売

2006年8月11日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]

DVD Videoにて初見(2010/12/29)



[粗筋]

 1972年1月、北アイルランドの街デリーは騒然としていた。

 多数派を占めるプロテスタント系によるカトリック教徒への差別が無くならず、IRAを中心とした投石や暴動が繰り返される中、プロテスタントでありながら地元より下院議員として選出されたアイヴァン・クーパー(ジェームズ・ネスビット)が人権運動家たちと協力して、非暴力によるデモ行進を実現させた。血腥い諍いに辟易していた市民たちの多くがこれに賛同、デモ行進には数千に及ぶ参加者が集う。

 だが、イギリス軍側は平和的な行進という意図をはじめから疑ってかかった。前日から行進予定地にバリケードを設け、部隊を配備し、市民を威嚇するような行為に及ぶなど、強硬姿勢を貫く。クーパーは地元署のラガン警視正(ジェラルド・マクソーリー)を仲介して軍に理解を求めると共に、当初市役所へ向かう予定だったルートを広場に変更するなど、衝突を避ける努力を重ねた。

 そして、決行日の1月30日――事態は、クーパーの予測を超える、最悪の推移を辿ってしまう……

[感想]

千と千尋の神隠し』と同時に、ベルリン映画祭で金熊賞を獲得した本篇が日本で劇場未公開に終わったのは、話題が『千と〜』に集中してしまったせいもあるだろうが、日本ではまだ無名だった監督に、やはり無名な俳優ばかりのキャスト、そしてあまりに重く生々しい内容が忌避されたからかも知れない。

 しかし、このポール・グリーングラス監督がのちに撮った作品群と並べてみると、もっと早く、大きく紹介されるべき才能ではなかったか、と思える。本篇の時点で、グリーングラス監督が得意とするドキュメンタリー的な撮影手法はほとんど完成されているのだ。

 その完成度はしかも、“ジェイソン・ボーン”2作品よりも、問題作『ユナイテッド93』に近い。いちおう、デモ行進の平和的な実現に尽力したクーパー議員、逮捕歴がありデモ行進の中でも派手な行動を起こすべきか迷っていた少年、そしてイギリス軍の本部と現場の兵士たち、といった具合に、幾つかの視点の軸は用意されているが、誰がどういう名前なのか、ということも認識しづらいほど、多くの視点が入り乱れ、人物が交錯する。

 だからと言って、観ていて混乱はしない――というより、その混乱そのものが本篇の重要なモチーフなのだ。様々な事実や思惑が混じりあい、異様な空気を醸成した果てに、長年に亘ってデリー市民、ひいてはイギリス国民たちに痛恨の記憶として刻まれた悲劇に結実する。その空気が、この手法を採ることで見事に再現されている。

 明らかに暴力に訴えるつもりのなかった一般市民が犠牲になる様は痛ましいが、一方で本篇は、兵士たちを決して悪人と捉えていないことが窺えるのもポイントだ。指揮系統の混乱の中で、突発的な状況に即興で対処を迫られており、その中でひとりの兵士は終始、「本当に攻撃されたのか」「どこに敵がいるのか」という疑問を呈し続けている。だが、そんな彼でさえ恐怖や事態の推移に呑まれて発砲し、事件のあとには目撃し、経験した事実を潤色して証言してしまっている。ここに、大義とコントロールを失った軍事組織というものの危うさが垣間見える。これらが何処まで事実に従っているのかは不明だが、事態を悪化させた空気の正体を掬い上げていることは間違いないだろう。

 本篇の意義はしかし、イギリスで製作された、という事実だけで半ば果たされているのかも知れない。この映画は、事件がその後の長年に亘るイギリスとIRAとの闘争の契機であり、イギリス軍の愚行がその火種になったことを認める内容だ。これほど緻密に当時の状況を再現できるほど資料が参照でき、そして完成された映画が高く評価され、世界各国で鑑賞されていること自体が、強いメッセージとして機能している。

 そして、ポール・グリーングラス監督がハリウッド進出後に撮った作品群に魅せられた者からすれば、社会的な意義以上に、彼の演出手法がこの時点で間然できないほどに完成されていたことに感銘を受ける。本篇を起点に世界へと躍り出た監督ならば、今後もメッセージ性の強い作品を撮り続けるのは、とても自然なことだろう。いやがうえにも、その活躍に期待したくなる。

関連作品:

ボーン・スプレマシー

ボーン・アルティメイタム

ユナイテッド93

グリーン・ゾーン

イン・アメリカ 三つの小さな願いごと

夏休みのレモネード

麦の穂をゆらす風

千と千尋の神隠し

コメント

タイトルとURLをコピーしました