『月に囚われた男』

『月に囚われた男』

原題:“Moon” / 監督&原案:ダンカン・ジョーンズ / 脚本:ネイサン・パーカー / 製作:スチュアート・フェネガン、トルーディ・スタイラー / 製作総指揮:マイケル・ヘンリー、ビル・ジブラ、トレヴァー・ビーティ、ビル・バンゲイ / 撮影監督:ゲイリー・ショウ / プロダクション・デザイナー:トニー・ノブル / 編集:ニコラス・ガスター / 衣装:ジェーン・ペトリ / 音楽:クリント・マンセル / 出演:サム・ロックウェル、ドミニク・マケリゴット、カヤ・スコデラーリオ、マット・ペリー、マルコム・スチュワート / 声の出演:ケヴィン・スペイシー / リバティー・フィルムズ製作 / 配給:Sony Pictures Entertainment

2009年イギリス作品 / 上映時間:1時間37分 / 日本語字幕:小寺陽子

2010年4月10日日本公開

2011年2月23日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray Discamazon]

公式サイト : http://moon-otoko.jp/

ユナイテッド・シネマ豊洲にて初見(2011/03/03) ※アンコール上映



[粗筋]

 人類が抱えていたエネルギー危機。それを乗り越えるヒントは、我々の頭上にあった。月で採掘されるヘリウム3という物質が、石油や原子力に替わる新しいエネルギー源の役割を果たすようになる。

 月での採掘を一手に担い、大企業となったルナ産業が現地に派遣しているのはサム・ベル(サム・ロックウェル)という、たったひとりの宇宙飛行士のみであった。月の裏側を徘徊する2台の採掘機の動作を監視し、集まった鉱物をシャトルに乗せて地球に飛ばす。ガーティ(ケヴィン・スペイシー)という人工知能とふたりきり、3年間の契約で、サムはこの仕事に就いていた。

 あと2週間で契約が満了になり、地球へ帰還することが出来る。だがその矢先、サムは身辺に異常を感じはじめた。ときおり女の幻影を見るようになり、身体が言うことを聞かなくなる。

 そして掘削機が異常を訴え、様子を見に赴いたサムは、大気の存在しない外界に女の姿を見つけ、油断して操作を誤り、掘削機のキャタピラにビーグルごと巻き込まれた。そして、ふたたび目醒めたとき、彼は更に驚くべきものを目撃する……

[感想]

 本篇で提示されているモチーフは、SFとしては比較的ありきたりのものだ。月基地、新しいエネルギー源とその取引で急成長を遂げた大企業、更に粗筋では意識的に伏せた事実まで含め、SF映画、SF小説にある程度親しんだ人であれば既視感を覚えるものが多い。

 だが、この作品はそれを実に巧みに料理し、SF愛好家にとって親しみやすい空気を醸成しながらも、違った味わいを見事に演出している。

 全体に蔓延る静謐感は、それ自体極めて良質のSF映画ではよく感じられるものだが、本篇は「会話の出来る相手がいない」という事実をキーに、ひたすら主人公サムの心情を掘り下げ、静けさを強調している。実際にはガーティという、人工知能ながらも奇妙なウィットを感じさせる“キャラクター”を配し、更に中盤以降はある趣向により会話を成立させているのだが、いずれも却って主人公の感じる孤独を強め、意識から音を弾き出してしまう。BGMも用いられているが、この作品に漂う静謐を邪魔していないのは見事だ。

 話の途中の段階では、そのモチーフのありきたりぶりにやや食傷を覚えるかも知れないが、しかし本篇は、SFものに馴染んだ人間なら直感するモチーフを敢えて配することで、観客にその後の展開を想像させることに利用しているのがまた絶妙だ。その感覚が、基本ひとり芝居にも拘わらず物語に異様な緊張感を滲ませ、観客を牽引していく。しかも、基本的にそういう予測を裏切る話運びを選択しているのに、決して無理筋と感じさせない。SFを知り尽くしたかのようなこの語り口も、本篇の大きな魅力となっている。

 何よりも、締め括りが素晴らしい。ここでも物語は予定調和を避けながら、しかし納得のいく終幕に辿り着く。僅かな尺に、様々なシチュエーションを詰めこんだかのようなこのラストが齎す情感は秀逸だ。

 他にも魅力的なポイントはある。こうしたSFでは、新進の大企業の母国として日本を設定することが多かった中で、敢えて韓国を選び、あちこちにハングル語を盛り込んでいる。現代の流れを巧みに読み解いたそのセンスもさることながら、サムの相棒であると同時に、物語の秘密の鍵を握る人工知能ガーティの描き方も巧い。基本的に人工知能らしい、遊びの少ない喋り方をしているが、それ故に随所でこのガーティが示すウイット、奇妙な人間味にハッとさせられる。終盤でサムが“彼”に対して放つ台詞に奥行きがあるのも、ガーティという“キャラクター”が明確に築きあげられているからこそだ。

 発想はシンプル、しかしその掘り下げと描写の巧みさで味わいに奥行きを添えた、SF映画の佳作である。SFにまったく関心のない人には面白さが解りにくいかも知れないが、ほんの少しでも愛着のある人であれば、きっと心地好い静謐を味わうことが出来る。

関連作品:

ザ・ムーン

カプリコン・1

ソラリス

パンドラム

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