『イリュージョニスト』

『イリュージョニスト』

原題:“L’ Illusionniste” / 監督、脚本、キャラクターデザイン、編集&音楽:シルヴァン・ショメ / オリジナル脚本:ジャック・タチ / 製作:ボブ・ラスト、サリー・ショメ / 製作総指揮:フィリップ・カルカソンヌ、ジェイク・エバーツ / 助監督:ポール・ダットン / 美術:ビアーネ・ハンセン / 合成、ヴィジュアル・エフェクト:ジャン=ピエール・ブシェ / デジタル・スーパーヴァイザー:キャンベル・マカリスター / サウンド・デザイナー:ジャン・グーディエ / オーケストラ指揮、音楽ディレクター:テリー・デイヴィス / ミュージカル・ディレクター:マルコム・ロス / 声の出演:ジャン=クロード・ドンダ、エルダ・ランキン、ダンカン・マクネイル、レイモンド・ミャーンズ、ジェイムズ・T・マイヤー、トム・ユーリー、ポール・バンディ / 配給:KLOCKWORX、三鷹の森ジブリ美術館

2010年イギリス、フランス合作 / 上映時間:1時間20分 / 日本語字幕:?

第83回アカデミー賞長篇アニメーション部門候補作品

2011年3月26日日本公開

公式サイト : http://illusionist.jp/

TOHOシネマズ六本木にて初見(2011/03/26)



[粗筋]

 1950年代のパリ。

 ミュージカル・ホールや映画館の幕間で時代遅れのマジックを披露して稼いでいる手品師・タチシェフ(ジャン=クロード・ドンダ)は、イギリスに渡ってのドサ回りのさなかに出逢った酔っ払いの紳士に誘われ、とある孤島の酒場で公演した。

 そこで出逢ったアリス(エルダ・ランキン)という少女は、純粋さと様々な誤解から、タチシェフを“魔法使い”と思いこむ。そして、島を去ろうとしたタチシェフを追って、一緒に船に乗り込んでしまった。

 タチシェフは彼女を追い返すことが出来ず、アリスを伴い、スコットランドエディンバラに赴く。

 初めて島を出たアリスは、様々なものに興味を惹かれ、目を輝かせた。そんな彼女のためにタチシェフは靴や新しいコートを買い与え、慈しんで接するが、既に盛りを過ぎたタチシェフの仕事は減っていき、財布の中身は乏しくなっていく。窮したタチシェフは、アリスの目を盗んで、別の仕事にも携わるようになったが……

[感想]

 本作でシルヴァン・ショメ監督は、2003年度アカデミー賞の長篇アニメーション部門候補となった『ベルヴィル・ランデブー』に続き、ふたたびアカデミー賞候補に掲げられている。受賞こそ逃したものの、ディズニーとドリームワークスの作品ばかりが繰り返しノミネートされるなかで、快挙と言っていいだろう。

 しかし、前作と同じような作品をイメージして観に行くと、意外の念に囚われるはずだ。絵の基本的なタッチこそ似通っているが、スクリーンから滲み出す雰囲気はまるで違う。前作は冒頭からやたらと騒々しく、そして動きも華々しいが、本篇はひたすらに淡々と、静かな描写が続く。舞台や時代背景も相俟って、アニメというよりクラシックな映画を観ているかのような手触りだ。

 一方で、アニメーションらしい奇妙さ、外連味も損なっていない。過剰なほどに酔っ払う男や、意味もなく体操服で飛び回るホテルの住人といった、ストーリーに直接奉仕はしないが、実写映画ではあまり見られない個性を放つキャラクターがちりばめられている。

 特に、構図の美しさは秀逸だ。ミュージカルホールや映画館のある街角の情景に、タチシェフが乗る列車や船を中心とした光景の佇まいには思わず見惚れてしまう。安易に背景を一枚絵とせず、どこかしら少しずつ動かしており、その表現にはテレビシリーズなどで放送される、キャラクターが激しく躍動するアニメーションとは異なる、だがアニメーションだからこそ為し得る恍惚感が味わえる。

 それにしても本篇のストーリーは、郷愁と奇妙なリアリティを感じさせるくせに、実態は非常にシュールだ。盛りを過ぎて少しずつ演技を披露する場所が劣悪になっていく手品師、という主人公の造形は生々しいが、説明も言い訳もなくついてきた少女をあっさりと受け入れ、旅費を払い生活は無論、服や靴を買い与える、という老手品師の行動は冷静に考えると奇妙だ。決して言葉を解さないわけではないのに、ひたすら純真に振る舞う少女の姿も訝しく思われる。そして、本来他人であるはずのふたりの関係に、下世話な想像が一切介入してこないのも不思議だ。この点は終盤で少女の身に起きる変化も含めると尚更に謎めいて映る。

 ただ、そうして余分な感情を廃し、淡々と描いたことで、表現に膨らみを与えていることは間違いない。そして、過剰な装飾がないからこそ、表層の冷たさや無表情さと裏腹の暖かさが伝わってくる。決して多く会話を交わすこともなく、触れ合いは最小限だが、明らかに少女アリスに対して愛情を注いでいることが伝わるタチシェフの振る舞いの数々。その先にある、あのラストシーンの“言葉”の表面的な冷たさとは対照的な彼の優しさが染みてくる。

 物語としては過剰なほど単純化されているが、それだけに表現に隠された意図を探ろうとする積極性や、その意味合いを察知する理解力が求められる。故に、まだ様々なフィクションに触れていない人や、単純明快な話を好む人にはあまり向かないが、奥行き、滋味深さを求めているような人なら鑑賞してみる価値のある、大人のためのアニメーションである。そして、もし嵌ることが出来たなら、きっと1日、不思議な暖かさに包まれた心地を味わえる、そんな良品だ。

関連作品:

ベルヴィル・ランデブー

ライムライト

人生万歳!

カールじいさんの空飛ぶ家

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