『ボーイズ・ドント・クライ』

ボーイズ・ドント・クライ [Blu-ray]

原題:“Boys Don’t Cry” / 監督:キンバリー・ピアース / 脚本:キンバリー・ピアース、アンディ・ビーネン / 製作:ジェフリー・シャープ、ジョン・ハートエヴァ・コロドナー、クリスティーン・ヴァッション / 製作総指揮:パメラ・コフラー、ジョナサン・セーリング、キャロライン・カプラン、ジョン・スロス / 共同製作:モート・スウィンスキー / 製作補:ブラッドフォード・シンプソン / 撮影監督:ジム・デノールト / プロダクション・デザイナー:マイケル・ショウ / 編集:リー・パーシー,A.C.E.、トレイシー・グレンジャー / 衣装:ヴィクトリア・ファレル / キャスティング:ビリー・ホプキンス、スザンヌ・スミス、ケリー・バーデン、ジェニファー・マクナマラ / 音楽:ネイサン・ラーソン / 音楽スーパーヴァイザー:ランドール・ポスター / 出演:ヒラリー・スワンククロエ・セヴィニーピーター・サースガード、ブレンダン・セクストン3世、アリシア・ゴランソン、アリソン・フォランド、マット・マクグラス、ロブ・キャンベル、ジャネッタ・アーネット / 配給&映像ソフト発売元:20世紀フォックス

1999年アメリカ作品 / 上映時間:1時間59分 / 日本語字幕:松浦美奈 / PG-12

2000年7月8日日本公開

2011年3月18日映像ソフト日本盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray Discamazon]

Blu-ray Discにて初見(2011/07/18)



[粗筋]

 ネブラスカ州リンカーンで暮らすブランドン(ヒラリー・スワンク)は、ゲイの従兄ロニー(マット・マクグラス)の協力で男の“外見”を繕うと、初めて女性を引っかけに酒場へと赴いた。誰も、ブランドンの肉体が“女”であることにすぐには気づかなかった――ブランドンは“男”としての日々を歩みはじめたのだ。

 だが、身体の関係が出来れば、いずれは真実がバレる。車を盗んだ罪で出廷を求める召喚状には、“ティーナ・ブランドン”という戸籍上の、女性としての姓名が記されていた。

 ある晩、ブランドンは酒場でキャンディス(アリシア・ゴランソン)という女性と知り合った。ひょんなことからトラブルになり、キャンディスと、同行していたジョン(ピーター・サースガード)という男と逃げ出したブランドンは、ジョンに誘われるまま、同じネブラスカ州の離れた場所にあるフォールズ・シティという土地に赴いた。

 最初は戸惑っていたブランドンだったが、誰も“彼”の素性を知らない土地での時間はあまりに快かった。ジョンとその仲間トニー(ブレンダン・セクストン3世)は友人としてブランドンを受け入れ、ジョンの恋人(ジャネッタ・アーネット)の家族たちもブランドンを暖かく遇してくれる。

 とりわけ、ジョンの恋人の娘・ラナ(クロエ・セヴィニー)の存在が大きかった。かつてジョンに懐き、未だにジョンのほうでは彼女に執着を抱いているが、しばしば凶暴性を顕わにするジョンに辟易していたラナは、臆病だが心優しいブランドンに少しずつ心惹かれていった。

 ジョンの暴力性、という火種を傍らに感じながらも、ブランドンは初めて“男”としての未来が見えはじめてくる心地がしていた――そのときが来るまでは。

[感想]

 観る前は、賞レースの常連であるヒラリー・スワンクが、『ミリオンダラー・ベイビー』の前にオスカーに輝いた作品である、という認識で、とにかくいちど観ておかねばならない、という気持ちだった。それ以上に、作品のイメージよりもヒラリー・スワンク性同一性障害の“男性”を演じている、という印象ばかりが強いのを、本篇を鑑賞してきちんと改めておきたい、と考えていたのである。

 だが、観終わっても、この作品はヒラリー・スワンクがすべてを支配している、という印象は変わらなかった。彼女の完璧すぎる演技が、作品の柱であり、驚異的なインパクトの礎になっている。

 とはいえ、作品の内容や、他の部分に破綻が多い、というわけではなく、物語としての完成度も高いことは明言しておきたい。

 実際の“事件”をベースにしているので、その“事件”の肝である部分を外していなければ、ストーリーとしてある程度のまとまりを保てるのは当然だが、本篇はブランドンが知己を得たキャンディスやジョンたちとのあいだに友情を築いていく様子を、青春映画の文法できちんと描き出す一方、のちの“事件”の引き金となるジョンの凶暴性や、街の人々のあいだに蔓延る保守的な価値観にも言及し、的確に終盤の、回避しようのない悲劇へと物語を導いている。その手捌きがポイントを弁えているからこそ、ヒラリー・スワンクの圧倒的な演技がストレートに観客に突き刺さってくるのだ。

 実のところ、初登場の段階ではヒラリーはまだ“女性”に見える。しかしそれは当然のことで、作中でもブランドンが“彼”に変わったのはあれが最初なのだ。男の格好で、生来の男のように振る舞い、“彼女”であった頃を知らなかった人々との交流を経ていくうちに、その表情も立ち居振る舞いも、いつしか“男性”にしか見えなくなっていく。たとえば『ミリオンダラー・ベイビー』や『ブラック・ダリア』のような、女性そのものとして出演している他の作品を観たあとでさえ、ブランドンは“男性”である、と観ている側は感じはじめる。

 だからこそ、終盤の出来事があまりに悲惨に映る。この一連の出来事が“事件”として報じられた理由はいちばん最後の出来事がもとであろうが、ブランドンという青年にとって最も過酷だったのは、そのひとつ前の悪夢ではなかったか。

 人によってはその“悪夢”の直後にブランドンが見せた振る舞いが非現実的である、と思えるかも知れないが、しかし私はあの描写こそ真に迫っている、と感じた。ああした逃げ場のない状況では、あれ以外に対処の術はない。アメリカ地方都市の、ひとつひとつの施設が間隔を置いて点在していることも、ブランドンにあの行動を強いたのだ。

 ブランドンには理解者も存在した。もう少し違った行動を選択していれば、“彼”の悲劇がこうして映画の題材にされることもなかったのではないか、と思える状況もあった。そうした点をきっちり押さえているからこそ、本篇はあまりに哀しく、観終えて心にのしかかる。

 正直なところ、観終わって“面白かった”と軽率に言えるような代物ではない。観なければ良かった、と思う人も少なくないだろう。ただ、ここまで悪い方へ悪い方へと突き進むことは珍しくとも、これはどこかで起きうる、そして現実に起きてしまった悲劇だ、ということを知るために、観ておく価値はある。

 いやそれよりも、ドラマとしての存在意義を差し置いても、現代屈指の演技派女優ヒラリー・スワンクが見せた畢生の演技を、映画を愛する者ならいちど観ておいて損はない――個人的にはもうひとり、繊細だが癖のある人物を演じさせて天下一品のピーター・サースガードが、ヒラリー・スワンクほどではないにせよ、気を吐いていることにも注文していただきたいところだが。

関連作品:

ミリオンダラー・ベイビー

ブラック・ダリア

ニュースの天才

17歳の肖像

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