『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』

『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』

原題:“Extremely Loud and Incredibly Close” / 原作:ジョナサン・サフラン・フォア(NHK出版・刊) / 監督:スティーヴン・ダルドリー / 脚本:エリック・ロス / 製作:スコット・ルーディン / 製作総指揮:セリア・コスタス、マーク・ロイバル、ノラ・スキナー / 撮影監督:クリス・メンゲス / プロダクション・デザイナー:K・K・バレット / 編集:クレア・シンプソン / 衣装:アン・ロス / 音楽:アレクサンドル・デスプラ / 出演:トム・ハンクスサンドラ・ブロックトーマス・ホーンマックス・フォン・シドーヴァイオラ・デイヴィス、ジョン・グッドマンジェフリー・ライト、ゾー・コードウェル / 配給:Warner Bros.

2011年アメリカ作品 / 上映時間:2時間9分 / 日本語字幕:今泉恒子

2012年2月18日日本公開

公式サイト : http://www.monoari.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2012/02/18)



[粗筋]

 オスカー・シェール(トーマス・ホーン)の父トーマス(トム・ハンクス)は、最悪の日、ワールド・トレード・センターとともにオスカーの前から消えた。

 在りし日の父は、幼いが利発、しかし不器用で人付き合いの下手なオスカーに、難易度の高い問題を出して答を探させる一風変わった遊びをさせていた。20世紀すべてに共通する物質は? 消えてしまったニューヨーク第6の行政区が存在した証を探し出せ……オスカーの同世代にとっては難易度の高い問いかけでも、父の意志を汲み取っていたオスカーは全力で挑んでいた。

 父がオスカーや母リンダ(サンドラ・ブロック)の前に戻らなくなって1年、ずっと踏み込めずにいた父の寝室に入ったオスカーは、クローゼットの上、棚の奥に隠してあった青い花瓶を落として割ってしまう。散らばった破片の中に、小さな封筒が混ざっていた。“Black”と記されたその中には、何かの鍵が入っていた。

 これはきっと、パパが残した謎掛けだ。根拠もなくそう確信したオスカーは、鍵穴を探し始めた。パパとのゲームのなかで培った情報整理の技術と、想像力を駆使して……

[感想]

 あれから10年の時を経ても、911の記憶はアメリカ、とりわけ登場ニューヨークに暮らしていた人々にとって生々しいままなのだろうか。現地に暮らしているわけでも知己があるわけでもない私には想像するしかないのだが、本篇の設定である2003年時点ではまったく風化していなかったであろうことは容易に察しがつく。

 どちらかといえば当事者を題材とすることの多かったように感じられる911テーマの映画の中で、だから遺族とは言い条、ほとんどが間接的に描かれる作品は珍しいように思う。そして、その思想的宗教的背景ではなく、喪失感に焦点を絞った作品は更に珍しい。

 それ故に、本篇の911に関する情報は、他の作品よりもずっと客観的に、そして忌避されるべきものとして扱われている感がある。視点人物であるオスカーの、ある事実に対する態度がとくに象徴的だが、彼が鍵の正体を探る旅の中で接する人々がことごとく、直接的に悲劇を語ることはない。この一種曖昧と言えるスタンスが、だがあの頃の、そして近くて遠い場所で悲劇に向き合う人々の実感を捉えているように思う。

 視点人物となるオスカーや父トーマスら、中心人物の設定が、彼らの理不尽な悲劇に対する態度を見事に象徴している。どうしても父の死が受け入れられないオスカーが、儀式的に鍵穴探しに執着していく様子。夫の遺体が入っていない棺を埋葬しながら、部屋を生前のままに保つ妻リンダ。親子の向かいに暮らす祖母にも、息子であるトーマスの死後、確かに変化が生じている。

 そして、鍵穴探しという行為が、他の遺族やニューヨークに暮らす人々の、911で受けた傷や、その悲劇に対する想いを自然と汲み取っていく。神経質に、疑心暗鬼に捕らわれた人があるかと思えば、家族を失ったオスカーに自然と同情を示し、彼に自らの悲劇をとめどなく語る者もある。設定と主題、語るべきエピソードとがしっかりと結びついて、バラバラのように見えて美しい全体像を築き上げているのだ。

 さすがに安易ではないか、御都合主義的ではないか、とちょっと首を傾げたい部分があるのも事実ではある。特に、鍵を巡る真相は、いささか偶然が勝ちすぎている感は否めない。あの偶然があるからこそ、ラストの情感が強まっているので、ドラマとしては正しいのだが、それでも少々モヤモヤとした印象を残してしまう。

 だが、このくだりが力を与える結末は秀逸だ。謎解きと呼ぶほど込み入ってはいない、しかし見落としがちな真実を、こんなに優しく、しかし深々と浸透させるクライマックスはそう滅多にない。

 極言すれば、本篇の主題は必ずしも911を用いる必要はなかった、とさえ言える。近い場所、コミュニティで暮らす人々が同傾向の悲劇に遭遇したなら成立する内容だ。だが、あれから10年を経て、そういうところへあの悲劇を組み込んでいることが、実は何よりも重要なのではなかろうか。決して矮小化しない、悲劇の普遍化。その趣向自体が、あの“最悪”からふたたび立ち上がろうとする姿と、寂しくも快く溶け合っている。

 それにしてもこの作品、トーマス・ホーンという幼い才能の発見がなかったなら、成立しなかったのではなかろうか。キャスト表記においては、トム・ハンクスサンドラ・ブロックという有名俳優ふたりが大きく採りあげられているが、実際にはトーマス・ホーン演じるオスカーが主役である。ナレーションまで彼が行い、その一挙手一投足が作品の情感と一致している。風変わりで大人びていて、しかしごく一般の大人とも異なる目線を持つ少年の目から映しだす物語は、とても特徴的だが実感的だ。

 必ずしも提示された謎が美しく解かれる、という物語ではなく、その着地にも違和感を抱く人が多いだろう。ただ、そういう現実的な結論を、苦さも無視せずに快く描き出した本篇は、911を題材とした映画、というばかりではなく、ある悲劇に向かい合う人々の心を誠実に描き出した映画として、優れた1本である。

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