『デンジャラス・ラン』

TOHOシネマズ西新井、施設外壁に掲示されたポスター。

原題:“Safe House” / 監督:ダニエル・エスピノーサ / 脚本:デヴィッド・グッゲンハイム / 製作:スコット・ステューバー / 製作総指揮:デンゼル・ワシントン、アダム・メリムズ、スコット・アヴァーサノ、アレクサ・ファイゲン、トレヴァー・メイシー、マーク・D・エヴァンス / 撮影監督:オリヴァー・ウッド / プロダクション・デザイナー:ブリジット・ブロシュ / 編集:リチャード・ピアソン / 衣装:スーザン・マシスン / 第二班監督&第二班撮影監督:アレクサンダー・ウィット / 音楽:ラミン・ジャヴァディ / 出演:デンゼル・ワシントンライアン・レイノルズヴェラ・ファーミガブレンダン・グリーソンサム・シェパードルーベン・ブラデスノラ・アルネゼデールロバート・パトリック / ブルーグラス・フィルムズ製作 / 配給:東宝東和

2012年アメリカ作品 / 上映時間:1時間55分 / 日本語字幕:松浦美奈 / PG12

2012年9月7日日本公開

公式サイト : http://d-run.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2012/09/11)



[粗筋]

 アメリカの諜報機関CIAは、情報戦の最前線から程遠い南アフリカケープタウンにも、いざというときの拠点を用意している。若き職員マット・ウェストン(ライアン・レイノルズ)の仕事は、この非常時の拠点となる“セーフ・ハウス”の管理――通称“客室係”である。彼としては、恋人のアナ(ノラ・アルネゼデール)とともにパリに渡り、エージェントとして活躍することを夢みていたが、その機会はなかなか訪れず、悶々とした毎日を送っていた。

 そんな、不本意な平穏の続くマットの職場が、ある日突然、騒々しくなった。南アフリカアメリカ大使館に、ひとりの人物が忽然と姿を現して拘束され、この“セーフ・ハウス”に護送されてくることが決まったのである。その人物の名はトビン・フロスト(デンゼル・ワシントン)――かつて凄腕のCIAエージェントであり、様々な技術の礎を完成させた男だが、10年前にCIAを退職、その後国家機密を対抗勢力に売り捌き大金を稼ぐ国際的犯罪者として、各国で指名手配されている札付きとなった。そんな男が何故か、徒手空拳で大使館に現れたのである。

 ケープタウンの“セーフ・ハウス”に運ばれてきたトビンは、その場で尋問を受けることになった。拷問を受けても、手際の悪さを指摘して悠然とするトビンの姿に慄然とするマットだったが、しかし本当の異変はその次に訪れた。“セーフ・ハウス”が突如として襲撃を受け、トビンを護送してきたエージェントは全員倒されてしまう。

 促したのは、トビンだった。このまま放っておけば、お前は殺される。猶予は残されていない――決断を迫られたマットはトビンを伴って“セーフ・ハウス”を脱出、車を調達して逃亡を図るが、襲撃者は執念深く彼らを追ってくる。

 尋問の達人であり、心を操るプロフェッショナルでもあるトビン・フロストを拘束したまま、救援が来るまでの数十時間をしのぐ――経験値の皆無に等しい新人にとっては、あまりに過酷すぎるミッションが、ここに始まった。

[感想]

 アクション増量、テーマを別の形で掘り下げた『トレーニング・デイ』という感がある。

 その印象の源が、経験の乏しいエージェントを翻弄するのが、『トレーニング・デイ』の悪徳警官と同じデンゼル・ワシントンである、というところにあるのも間違いないだろうが、そのつもりで鑑賞すると、序盤の流れも非常に共通点が多い。いきなり現場に投げ出される格好となった新米、同行するのは“伝説”の男。話の中で、主人公となる新米が、ろくに指導を行われることもなく、その場その場で対応を余儀なくされ、結果として成長していくように描いているのも大きな共通項だ。

 ただ本篇は、若干背後関係が入り乱れているうえに、掘り下げ方と最終的な到達点に違いがある。『トレーニング・デイ』は先輩警官の不道徳な振る舞いに、新米が終始揺さぶられるが、本篇でデンゼル・ワシントン演じる先達トビンははじめから悪のアイコンのような立ち位置で登場する。冒頭から主人公マットはトビンに対して警戒し続けるが、切迫した状況で、臨機応変に出るトビンに翻弄され、マットは複雑な対応を迫られる。そして、トビン自身、というよりも、彼が悪に転じ、その世界で経験した結果である今回の事件によって、自らの価値観をも問われる羽目になる。結末は異なるが、最後に見せる姿がどこか『トレーニング・デイ』と似通っているのも、物語がそのまま通過儀礼の役割を果たしているからだろう。

 その一方で、地域に密着した警察の腐敗を題材とした『トレーニング・デイ』に対し、本篇は映画でしばしば採り上げられるCIAの、あまり陽の当たらない部分に着目していることが特徴的だ。

 どちらもイギリスだが、たとえば『007』のジェームズ・ボンドや『ミッション・インポッシブル』のイーサン・ハントのような、表舞台にてある意味華やかな活躍をする者だけが所属しているわけではない。この両者を見ても、機器の開発や調達を行う部署の人間は脇役として顔を見せるだけだし、ほとんどの事務方は事実上無視されている。しかし、だからと言って不要なわけではなく、工作員のような役割に憧れながら、黙々と書類仕事をしたり、雑務に励む者も大勢いる――というより、恐らくはそういう者が大半だ。

 本篇の主人公であるマットの業務は、エージェントには近く、ある程度訓練を受けてはいるようだが、位置づけとしては裏方と言っていい。花形部署に対する憧れと自らの境遇に対する不満を漏らし、いざ実務になると経験不足を露呈する。一方で上層部は、単独で重要人物を保護するマットをフォローするために偵察衛星を用いようとするが、“戦時中以外の稼働は許可出来ない”と言われて別の手段を採らざるを得なくなる、という描写もあって、アクション・シーンの派手さとは裏腹に、ディテールが生々しい。

 カーチェイスや銃撃戦を盛大に繰り広げつつも、細部にこういう諜報戦へと身を投じる者たちの悲哀、懊悩を組み込んでおり、リアルな苦みが滲む。主人公であるマットが最後に戦うくだりなど、悲劇としか呼びようがない巡り合わせだ。ああした過程を経たあとだからこそ、本篇の結末は重苦しくも爽快感がある。

 従来とは異なった切り口、リアリティのある描き方ながら、エンタテインメントとしての醍醐味も備えている。圧倒的なインパクトがある傑作、とまでは言わないが、味わい豊かな秀作である。……そういうところまで含めて、私は『トレーニング・デイ』の変奏曲、という印象を抱いた。

関連作品:

トレーニング・デイ

[リミット]

アンストッパブル

ボーン・アルティメイタム

グッド・シェパード

バーン・アフター・リーディング

パリより愛をこめて

ソルト

Black & White/ブラック & ホワイト

007/慰めの報酬

ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル

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