『奪命金』

新宿シネマカリテ、入口の階段に掲示されたポスター。

原題:“奪命金 Life without Principle” / 監督&製作:ジョニー・トー / 脚本:オー・キンイー、ウォン・キンファイ、ミルキーウェイクリエイティヴ・チーム / 撮影監督:チェン・シュウキョン / 撮影:トー・フンモ / 編集監督:デヴィッド・リチャードソン / 編集:アレン・リョン / 衣装&美術:スーキー・イップ / 出演:ラウ・チンワンリッチー・レン、デニス・ホー、マイオリー・ウー、ロー・ホイパン、ソー・ハンシュン、パトリック・クン、チョン・シウファイ、フェリックス・ウォン、テレンス・イン、ステファニー・チェ、ジア・シャオチェン、ロー・ウィンチョン、ン・チーホン、タム・ビンマン / 配給:Broadmedia Studios

2011年香港、中国合作 / 上映時間:1時間46分 / 日本語字幕:鈴木真理

2013年2月9日日本公開

公式サイト : http://datsumeikin.net/

新宿シネマカリテにて初見(2013/03/08)



[粗筋]

 コニー(マイオリー・ウー)は夫であるチョン警部補(リッチー・レン)に何度となく、投資のためのマンション購入を呼びかけている。眺望も価格も申し分のない物件を見つけ、仕事中の夫にメールを出したが、チョンは終始心ここにあらず、職場からの呼び出しにあっさり出て行ってしまった。物件を紹介してくれた不動産会社の友人に急かされ、コニーは焦りを覚えはじめる。

 萬進銀行の営業部に勤めるテレサ(デニス・ホー)も焦っていた。有能な同僚たちが着実にノルマをこなすなか、彼女だけが成績不振に陥っている。いつ、上司のジャッキー(ステファニー・チェ)から終業後に呼び出され、解雇を言い渡されないか、とビクビクし通しだった。新たに提示された、ハイリスクな投資信託物件の販売ノルマを達成するため、テレサは連日残業を続け、手当たり次第に売り込みの電話をかけるが、ろくに手応えはない。細々と蓄えを投じ、利益で生活を成り立たせようと必死な顧客・クン(ソー・ハンシュン)が訪れたとき、テレサは藁にも縋る心境だった。

 藁にも縋る心境だったのは、パウ(ラウ・チンワン)も同様だった。長年、組織のボスに忠誠を誓い続ける彼は、決して儲けをくすねて私腹を肥やそうとしないことから、毎年ボスの誕生会のしきりを任されている。そのめでたい席で、パウの兄貴分ワー(チョン・シウファイ)が警察に連行されてしまったのだ。当然のようにパウは保釈金を工面するため方々の伝手を頼り始める。ワー直属の部下でさえ音を上げて去ってしまう有様にも拘わらず、どうにか金を揃えたパウは意気揚々とワーを迎えに行くが、だが警察署から出た直後、ワーは別の管轄で犯した罪によって、異なる署に再び連行されてしまった。まさか同じ相手に再び無心することなど出来るはずもなく、苦慮した挙句にパウは、かつて大陸から香港に出て来た仲間であり、いまは金融ビジネスで成功したソン(テレンス・イン)を頼る……

[感想]

 ここ最近のジョニー・トー監督作品の、クールかつスタイリッシュなアクション描写であったり、ユニークな舞台設定のうえに一種観念的な結末が用意された、癖のある作品群のイメージで接すると、序盤はかなり困惑する。

 最初のうちは、どこに話が転がっていくかなかなか把握出来ない。粗筋で記したとおり、最初は刑事とその妻の様子が採り上げられるが、そのあとしばらく、テレサを中心に、金融・証券ビジネスがどのように行われるか、が描かれていく。ノルマ重視の銀行側の姿勢に残業を強いられ、本来積極的でリスクの高い投資には不向きな顧客が乗り気になると、慎重すぎるほど慎重にリスクについて説明し、いざというときに責任を負わぬよう記録を作る。微に入り細を穿ち、顧客が発言を遮ると、録音をいちど止めて説明、もういちど頭から記録のための録音を始める、という描写は笑いを誘うが、その慎重さが取引の危うさを暗示しており、恐怖すら感じさせる。興味を惹かれるが、しかしこのトーンはジョニー・トー監督の近作とはやはり微妙に趣が異なる。

 だから、ラウ・チンワンがようやく登場し、暗黒街の描写が始まると、俄然トー監督っぽくなった、と感じてしまうのは、続けて追っている人間としては致し方のないところだろう。実際、ボスの誕生会を祝う様子や、そこでの男達の立ち居振る舞いは、如何にもトー監督作品の定番という風情で、ファンとしては安心感を覚える。

 しかし、話が進むと、やはり今回はひと味違う、という印象に変わってくる。中盤あたりからはラウ・チンワン演じる、悪人というにはお人好しで愛嬌のあるパウという男を中心に展開しながら、随所でチョン警部補とその妻コニー、そしてテレサのエピソードが入り乱れるようになる。最初は解らないが少しずつ、各人のエピソードが実は並行して展開しており、微妙に進行をずらしながら描いているのだ、と気づくと、急速に緊張感は増していく。依然としてどこに転がっていくのか解らないが、だからこそ惹きつけられてしまう。ジョニー・トー監督作品は、闇の世界で蠢く男達の暗闘や、胸を熱くさせる人間関係の描写が魅力となるか、或いは背景となる設定から展開まで、きちんと筋を通しつつもユニークな趣向で満たされた内容になるか、のふた通りになる印象だったが、本篇の見せ方はそのどちらとも異なる。

 それでいて、最終的には“らしい”と感じさせてしまうのもトー監督ならではだろう。さんざん観客を翻弄した挙句に、期待を裏切り、投げ出すような結末にしばし呆気に取られ、しかしその独特の味わいにやがて陶然とする。この人を食った締め括りはまさにトー監督ならではだ。

 劇場で販売されていたパンフレットでも触れられているが、この複数の視点での描写を混在させる手法は、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督や、初期のガイ・リッチー監督などがしばしば用いる技術だが、トー監督がここまで意識して用いるのは、私の観た範囲では初めてのはずだ。しかし、終盤で発生する金融危機を軸にし、描写を巧くリンクさせて、エピソードの配置を解りやすくする手管、カタルシスの醸成は堂に入ったものである。よそではお目にかかれない思索的、哲学的なストーリーを構築する、お抱えの脚本家チームの力量も大きいだろうが、自らの作家性のうちに彼らを取り込み、新しい趣向でさえも自らの作家性に取り込んでしまうのは、やはりジョニー・トー監督の凄さであろう。

『MAD探偵』に続いてトー作品に登板したラウ・チンワンの、キレキレだったあちらとは対照的な人物像や、リッチー・レンのいい意味で特徴のない演技など、常連組の仕事は相変わらず見事だが、今回は高利貸しのユンを演じたロー・ホイパンや、朴訥で純粋に余生を考慮して投資に臨む老婦人に扮したソー・ハンシュン、パウの同胞ソンなど、ちょっと出番の長い脇役が非常に効果を上げている。一連の黒社会を題材にした作品ではしばしば群像劇めいた描き方をし、そちらでも優れた手腕があることは証明済みだが、本篇はそれをやや異なるかたちで活かしている格好だ。

 なかなか全体像の見えない話運びや、意図的に観る側の期待を裏切るような作りは、恐らくここしばらくの作品を熱心に追ってきたファンでもやや好みの割れるところだろう。しかし、相変わらずその姿勢は意欲的であり、新しい趣向すら終わってみれば違和感なく取り込んでしまう、トー監督の職人ぶりが堪能できる、いつも通りに技ありの名品である。

関連作品:

MAD探偵 7人の容疑者

やがて哀しき復讐者

暗戦 デッドエンド

デッドエンド 暗戦リターンズ

強奪のトライアングル

バベル

マージン・コール

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