『アンコール!!』

TOHOシネマズシャンテ、施設外壁の看板。

原題:“Song for Marion” / 監督&脚本:ポール・アンドリュー・ウィリアムズ / 製作:ケン・マーシャル、フィリップ・モロス / 製作総指揮:アリステア・D・ロス、タラ・モロス、クリスティアン・アンガーマイヤー、マルク・ハンゼル、ジュディ・トッセル、ティム・スミス、ポール・ブレット、ボブ・ワインスタインハーヴェイ・ワインスタイン / 撮影監督:カルロス・カタラン / プロダクション・デザイナー:ソフィ・ベッカー / 編集:ダン・ファレル / 衣装:ジョー・トンプソン / 音楽スーパーヴァイザー:マット・ビッファ、マギー・ロッドフォード / 音楽:ローラ・ロッツ / 主題歌:セリーヌ・ディオン『Unfinished Songs』 / 出演:テレンス・スタンプヴァネッサ・レッドグレーヴジェマ・アータートンクリストファー・エクルストンアン・リード、ジャメイン・ハンター、カリータ・レインフォード、ラム・ジョン・フォルダー / スティール・ミルズ・ピクチャーズ製作 / 配給:Asmik Ace

2012年イギリス作品 / 上映時間:1時間34分 / 日本語字幕:加藤リツ子

2013年6月28日日本公開

公式サイト : http://encore.asmik-ace.co.jp/

TOHOシネマズシャンテにて初見(2013/08/01)



[粗筋]

 年老いたアーサー(テレンス・スタンプ)の生活は、妻マリオン(ヴァネッサ・レッドグレーヴ)の世話にほとんど費やされている。無口で無愛想なアーサーと異なり社交的な彼女は、癌がもとで身体が弱くなっても、老人たちによる合唱団に加わり、コンクールの出場を目指して練習に励んでいた。指導にあたるエリザベス(ジェマ・アータートン)の選ぶ、ロックやヒップホップのあけすけな内容に眉をひそめるアーサーだが、マリオンが喜ぶなら、と目をつむっている。

 しかしある日、マリオンの癌が再発した。医師は、自分の楽しいことをして余生を過ごすように勧める。マリオンは迷うことなく、我が家で夫とともに暮らすことを選んだ。

 もはやろくに歩く力もない妻を気遣うアーサーだが、しかしマリオンは家で大人しくなどしない。相変わらず合唱の練習に参加する、と主張し、妻を想うあまり合唱団の仲間たちの励ましを拒絶したアーサーに一切口を利かず反抗する。根を上げたアーサーは、練習に彼女を送り迎えすることを了承する。マリオンはそんなアーサーをなるべく仲間たちの輪に加わることが出来るよう仕向けるが、どうしても馴染めず、練習のときに妻の杖代わりになったり、公民館の外でエリザベスの指導をメモすることくらいが精一杯だった。

 やがて、マリオンたちの合唱団〈年金ズ〉のコンクール進出の是非を問う無料コンサートの日がやって来た。全員参加のコーラスを愉しげに歌い、本選に出られるか解らない、という理由で与えられたソロ曲を、まるで自分に語りかけるように歌うマリオンの姿に、アーサーは感動するとともに疎外感を味わう――自分は、あんなふうにマリオンに幸せを感じさせたことはない、と……

[感想]

 上記の粗筋ではアーサーとマリオンの関係に絞って記したし、最も大きな部分を占めているのが夫婦愛の要素なのは間違いないのだが、むしろこの作品で重視されているのは、頑固で意固地な年寄りの男の、緩やかな変化と言える。

 いちおう粗筋ではその手前で止めたが、観客が予想する最大の変化は、思っているより早く訪れる。そこからの行動も、基底は変わっていないとは言い条、描かれる出来事は少し異なっているのは確かだ。予告篇などにさきに接したひとは当初、この流れを「期待と違う」と思うかも知れないが、しかし決して意図にブレがないのは、続けて観ていれば解るはずだ。

 感動的なストーリーだが、本篇の巧いのは、感動を募らせるための筋立てに不足も無駄もないところだ。クライマックスへの布石は序盤から丁寧に張り巡らされており、唐突に提示されるものはまったくない。マリオンと合唱団の仲間たちとの交流に遠巻きに接するアーサーの姿、息子ジェームズ(クリストファー・エクルストン)との微妙な距離感、老人たちの合唱団としては尖った選曲をする指導員のエリザベス。ごく自然に、丹念にちりばめられた要素が綺麗に噛み合って、あのクライマックスを演出する。

 一方で、無駄に洒落た台詞をめったやたらにちりばめたりもせず、程良いユーモアで彩っているのも快い。観終わってみると、合唱団の仲間が救急車で搬送されるシーンや、アーサーが学校にいる孫娘に会いに行くくだりの描写が絶対に必要だった、とは言えないのだが、あまり突っこみすぎず、さらっと挿入されているので、全体の緩やかなテンポと日常感覚を壊すことなく支えている。夫婦の会話や、大きな出来事でのひとびとの反応など、やもすると多弁になってしまいそうなところも、恐らくは意識的に会話を最小限に絞っているから、表情や細かな映像表現が印象に残る。下手に言葉を弄するのでは出来ない奥行きが、作品のシンプルな構成に深みを生み出している。

 そして、この中心に立つ人物に扮したテレンス・スタンプ、その最愛の伴侶を務めたヴァネッサ・レッドグレーヴの演技力の素晴らしさがものを言っている。対照的なふたりが、互いをよく理解し合い、夫が妻の面倒を見る、という体裁を取りながらもちょっと年甲斐もなく愛し合っている様を、巧みな匙加減で、ごく自然に表現している。架空の人間関係に心を揺さぶられることはない、と自負しているひとでも、たぶん彼らの仲睦まじさはちょっとは羨ましくなるに違いない。

 聴いているだけで身体が勝手に踊り出しそうな演奏シーンはすべて見所だが、ここでも出色なのはヴァネッサ・レッドグレーヴテレンス・スタンプそれぞれがソロで歌う場面だ。互いに、互いへの想いを代弁するかのような曲を選び、決して高らかに歌いあげるのではなく、ありのままの声量で、しかし情感を存分に籠めて歌う。本篇の目玉がクライマックスで披露されるアーサーのソロだが、マリオンの歌が先にあってこそ、あれほど静かに強く響いてくる。個人的には、アーサーが歌ったのがよく知っている曲だったため、余計に感激した。

 締め括りも決して華々しくはないが、節度を保ち、しかし豊かな余韻を残す。そこには、ほんの少しの寂しさと共に、不思議な心地好さが漂っているはずだ。

 プロットはシンプルだが、翻ってすべてが見事に嵌まっている。品位と毒にバランスがあり、ゴキゲンだが切なく愛おしい。観た多くのひとが惹かれる、と言えるほど圧倒的なものはないが、良質な作品であることを否定できることはいないだろう。

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