『名探偵ゴッド・アイ』

シネマート六本木、チケットカウンター脇に掲示された本国版ポスター。

原題:“盲探” / 英題:“Blind Detective / 監督:ジョニー・トー / 脚本:ワイ・カーファイ、ヤウ・ナイホイ、チャン・ワイパン、ユー・シー / 製作:ジョニー・トー、ワイ・カーファイ / 製作総指揮:ピーター・ラム、ダイ・ソン、アルバート・ユン / 撮影監督:チェン・シュウキョン / プロダクション・デザイナー:ブルース・ユー / 編集:アレン・リョン、デヴィッド・M・リチャードソン / 衣装:スティーヴン・ツァン、ステファニー・ウォン / 音楽:ハル・フォクストン・ベケット / 出演:アンディ・ラウ、サミー・チェン、グォ・タォ、カオ・ユアンユアン、ラム・シュー / 銀河映像(香港)有限公司製作 / 配給:TWIN

2013年香港・中国合作 / 上映時間:2時間10分 / 日本語字幕:最上麻衣子 / PG12

2013年12月7日日本公開

公式サイト : http://www.cinemart.co.jp/theater/special/hongkong-winter2013/

シネマート六本木にて初見(2013/12/07)



[粗筋]

 刑事になったばかりのホー(サミー・チャン)は、事件捜査中の同僚のための買い出しに出かけていたとき、初めてその男――ジョンストン(アンディ・ラウ)と出逢った。目が見えないジョンストンは、街を歩いているとき、体臭からひとりの男に目をつけると巧みに尾行、男がいま世間を騒がせている犯罪者であることを見事に突き止めてしまった。

 もともと刑事であったが、失明して障害者年金で暮らしているジョンストンは、移植手術を受けるために懸賞金目当てで犯罪捜査に血道を上げているが、しかし今回の事件はかつての同僚でホーの上司でもあるシト(グォ・タォ)に手柄を横取りされ、懸賞金もパアになってしまった。しかしホーは彼の捜査の才能に惚れ込み、ある事件について解決して欲しい、と依頼した。

 ホーには幼い頃、シウマンという友人がいた。いじめられっ子だった彼女は、ある日から5日連続でホーのマンションの外に立ち続けた挙句、忽然と姿を消した。シウマンの告白に怖じ気づき距離を取ってしまったことが原因では、とずっと気に病んでいたホーは、彼女を捜し出すために刑事になったが、運動能力以外の才能が欠如しているため、手がかりが未だに見つけだせずにいる。そこでジョンストンの力を借りよう、と考えたのだ。

 しかしこのジョンストンという男、属っぽい上に欲深かった。ホーに対して法外な依頼料をふっかけ、そのくせ懸賞金目当てで別の事件の捜査にもかまける。更には、折しも自分のアパートが老朽化していることに気づくと、捜査の手解きをする、という名目で広壮なホーのマンションに上がりこんでしまった。

 身勝手なジョンストンに振り回されながらも、ホーは友人の行方を知りたい一心で彼に協力し、一風変わった捜査方法を身につけようと努力する……

[感想]

 香港・中国映画の異才ジョニー・トー監督といえば、『エグザイル/絆』を代表とする独特なアクション描写と情感をもたらす犯罪もの、サスペンスでよく知られている。だが、日本にはそうした作品が主に輸入されているだけで、実際には様々なタイプの作品を手懸けている。初期にはコメディも多かったようだし、最近でも恋愛映画を幾つか撮っている。

 コメディや恋愛映画についてはあまり多く観ていないので傾向は語れないが、しかし私はひとつだけ確信していることがある――このひとは、一風変わったミステリ映画の作り手として認知されるべきだ、と。

 主題が裏切りや男達の友情であったり、圧縮したパルプを転がしての銃撃戦といった特徴的なヴィジュアルのほうが先行しているためにあまり目立たないが、この人の撮る映画にはちょっとした謎解きが仕込まれることがある。ギャング映画の系譜であるが終幕にひねりのある『ヒーロー・ネバー・ダイ』、アメコミ・ヒーローものを哲学的にアレンジした趣向がマニア向けのうがったミステリにも通じる『マッスルモンク』などを挙げたいが、近年になって、人間の持つ複数の人間性が映像となって見える主人公、という特異なキャラクターを中心にした『MAD探偵 7人の容疑者』というサイコ・サスペンスの極北のような趣向まで繰り出してきた。

 本篇はその『MAD探偵』同様、原題にきちんと“探”の字が盛り込まれている。故に、多少はミステリ要素があることを私としては期待していたが――期待以上だった、というより、従来はミステリ“っぽい”作品であったのが、本篇に至ってとうとう、自信を持って“ミステリ映画”である、と断言できる内容になった。

 但し、シリアスな印象はない。なにせ、主人公であるジョンストンの人物像がまずあまりにユニークだ。目が見えないのに犯人らしき人物を突き止め追跡を始めるくだりはまさに名探偵登場、の趣だが、見えないのを構わず行動するから随所で危うさを見せる一方で、障害者であることを利用して図々しい振る舞いに及んだり、自分は見えないくせに見場をやたらと気にする俗っぽさも顕わだ。そんな彼と結果的にコンビを組むホー刑事は身体能力だけが自慢で、序盤はジョンストンの言葉を妄信的に受け止めてしまう。途中で、どうもいいように利用されているのでは、と察するが、色々あって彼の指図に従うことを選ぶ。ふたり共通の関係者である刑事のシトや、ジョニー・トー作品ではお馴染みのラム・シューの扱いなども愉しい。

 しかし、ミステリとしてもなかなかの見応えがあるのだ。理詰めで解き明かす、というよりは、状況からの推測を積み重ねていくスタイルなので、若干危なっかしくはあるのだが、しかし独自の再現法で事件の過程を辿り、犯人像を導き出していくジョンストンの姿はまさに名探偵そのものだし、知的興奮を堪能させてくれる。幾つかの事件を過程に盛り込みながら、肝心の事件の謎解きで綺麗に締めくくるあたりの手際も鮮やかだ。

 こうした企みに満ちた作品の場合、やや晦渋な結末に辿り着いてしまうのはジョニー・トー作品の常道であり、悪い癖でもあるのだが、本篇の場合、いつもながらのシニカルな味わいも添えながら締め括りもまたコミカルで、ハッピーなものだ。最後まで作品の基本となるトーンを変えていない、その安心感まで含めて、極めて良質なユーモア・ミステリの趣である。

 トー作品の代表格である『エグザイル/絆』や『エレクション』2部作のような緊迫感、熱気、虚無的な余韻といったものを期待していると、たぶん間違いなく失望する。ただ本篇には、そうした要素とは異なるトー監督とスタッフの個性が濃縮されているのだ。トー監督のギャングもの、サスペンスが好き、というひとにはあまりこだわらずに観ていただいた方がいいだろう。そして出来れば、ミステリ好きの方にこそ本篇はご覧いただきたい。

関連作品:

MAD探偵 7人の容疑者

ヒーロー・ネバー・ダイ

暗戦 デッドエンド

デッドエンド 暗戦リターンズ

ザ・ミッション/非情の掟

エグザイル/絆

冷たい雨に撃て、約束の銃弾を

フルタイム・キラー

ターンレフト ターンライト

エレクション〜黒社会〜

エレクション〜死の報復〜

PTU

タクティカル・ユニット 機動部隊−絆−

マッスルモンク

柔道龍虎房

天使の眼、野獣の街

スリ

強奪のトライアングル

奪命金

インファナル・アフェア

王朝の陰謀 判事ディーと人体発火怪奇事件

未来警察 Future X-Cops

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