『複製された男』

TOHOシネマズシャンテ、施設外壁の看板。

原題:“Enemy” / 原作:ジョゼ・サラマーゴ(彩流社・刊) / 監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ / 脚本:ハビエル・グヨン / 製作:ニヴ・フィッチマン、M・A・ファウラ / 製作総指揮:フランソワ・イヴェルネル、キャメロン・マクラッケン、マーク・スローン、ヴィクター・ロウイ / 共同製作:サリ・フリードランド、リュック・デリー、キム・マクロー / 撮影監督:ニコラ・ボルデュク,CSC / プロダクション・デザイナー:パトリス・ヴァーメット / 編集:マシュー・ハンナム / 衣装:レネー・エイプリル / 音楽:ダニー・ベンジー、ソーンダー・ジュリアーンズ / 出演:ジェイク・ギレンホールメラニー・ロランサラ・ガドンイザベラ・ロッセリーニ、ジョシュア・ピース、ティム・ポスト、ケダー・ブラウン、ダリル・ディン、ミシャ・ハイステッド、メーガン・メイン、アレクシス・ウイガ / 配給:KLOCKWORX×ALBATROS FILM

2013年カナダ、スペイン合作 / 上映時間:1時間30分 / 日本語字幕:岡田壯平 / R15+

2014年7月18日日本公開

公式サイト : http://fukusei-movie.com/

TOHOシネマズシャンテにて初見(2014/07/18)



[粗筋]

 大学で歴史の講義を受け持つアダム(ジェイク・ギレンホール)の日常が揺れ動いたのは、同僚の勧めで借りたDVDがきっかけだった。

 内容そのものにはさして興味は惹かれなかった。アダムの目が吸い寄せられたのは、端役を演じるひとりの俳優だった。いでたちこそ役柄に合わせてベルボーイ姿だが、その顔は、アダムそのものだった。

 アダムは駆り立てられるように、その俳優の素性を調べた。ダニエル・サンクレアという芸名だが本名はアンソニー・クレア(ジェイク・ギレンホール)、タワーマンションに妻のヘレン(サラ・ガドン)と二人暮らしをしている。調べた番号にかけたとき、最初に出た妻は、アンソニーが自分をからかっている、と思い込んでいるようだった。

 どうしても直接逢ってみたい、という衝動に駆られたアダムは、ふたたびアンソニーの番号にかけた。自分でも驚くほど声の似た男はアダムをストーカー扱いし、取り合わなかったが、後日、改めて連絡を取ってきた。自分も逢ってみたい、と。

 日曜日の午後、場末のホテルでふたりは初めて対面する。似過ぎていた。顔や声ばかりでなく、手の形も、腹部に残った傷跡まで一緒だった。好奇心から接触を図ったアダムだったが、あまりにすべてが似通った姿に恐怖を覚え、そこから逃げ出してしまう……

[感想]

 ミステリ映画だからといって、明確な答が出るわけではない。

 それじゃミステリじゃない、というひとはそもそも本篇を観ないほうが賢明だろう。作中で答が明示されない、観客が進んで描写を拾い、推理して解釈していかなければいけない挑戦的な作品を望むひとこそ、本篇は魅了されるはずである。

 製作者側が完全な答を用意していない作品だからといって、撮るのが容易いわけではない。安易に施した描写が致命的な矛盾を来したり、描写が観客の推理や想像を掻き立てなければ、物語に対して関心を失ってしまうし、最終的に観客なりに筋道の通った結論も出せなくなる。明確な答なしに知的好奇心を刺激し、観る側を納得させる、というのは決して簡単なことではないのだ。

 その点本篇の、観客の想像を喚起する力は並大抵ではない。冒頭から描かれる淫靡で謎めいた会合の様子、淡々とした描写のなかにちりばめられた不穏な気配、そして“瓜二つ”の男を見つけてからの、繊細で意味深な表現の数々。ひとつひとつがどう繋がり、絡みあっていくのか、様々な推理をすることも出来るし、想像を逞しくすれば、描かれていない領域から恐怖が滲んでくる。

 本篇の面白さは、まず謎のどこに着目するか、でその後の読み解き方も大幅に変わってくることだ。主人公が遭遇した出来事が、たとえば何らかの論理的な筋道の通る計画によって齎されたものなのか、或いは人智を超えた何らかの要素によって導かれたものなのか。最初にひとつフックを設け、そこに注目して鑑賞すると、様々な出来事がリンクしていくかのように映る。しかしそれでも、微妙にズレた要素がノイズとなって観客の心に揺さぶりをかけ、決してひとつの結論に飛びつかせない。

 本篇は空気の醸成もまた大変に魅力的だ。思わせぶりな要素の羅列もさることながら、微妙にセピアがかった色彩に統一された映像と不穏さを掻き立てる音楽、そして底意を窺わせない俳優たちの演技が相俟って、終始惹きつけられる。単なる演出のように思える描写が、あとあと不意に効いてくる趣向にも唸らされるはずだ。

 ――あれこれ書いているが、自分でも隔靴掻痒の念を禁じ得ない。この作品を語るなら、まず自分がどう解釈したのか、を率直に綴った方がよほど早い。だが、それでは各人が観たときの、異なる解釈の差違を楽しむことが出来ないのだ。作品そのもののなかで満足のいく答は出してくれない、そのことを納得のうえで臨むことが出来るひとは、これ以上余計な知識を仕入れることなく、まず作品に接していただきたい。どんな解釈をするにせよ、本篇の憎らしいまでの奥行きの豊かさは認めるはずである。

 監督のドゥニ・ヴィルヌーヴは『灼熱の魂』『プリズナーズ』と、明確かつ衝撃的な結末で観客の心を揺さぶってきた。本篇の衝撃はそれらとは異なるが、だからこそ彼が優れた“謎”を提供する才能であることをより力強く示した、と言えるだろう。恐らく今後も観客を瞠目させるであろう才能の生み出した不穏で魅力的な“迷宮”に、惑わされる歓びを味わっていただきたい。

関連作品:

灼熱の魂』/『プリズナーズ』/『ブラインドネス

ドニー・ダーコ』/『ゾディアック』/『ミッション:8ミニッツ』/『グランド・イリュージョン』/『フューネラル/流血の街

チャップリンの独裁者』/『ツイン・ドラゴン』/『アダプテーション』/『ファム・ファタール』/『ブロークン』/『白いリボン』/『ザ・ダブル/分身

コメント

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