『陸軍中野学校』

角川シネマ新宿、柱に掲示された場面写真。 陸軍中野学校 [DVD]

原作:畠山清行 / 監督:増村保造 / 脚本:星川清司 / 企画:関幸輔 / 撮影:小林節雄 / 美術:下河原友雄 / 照明:渡辺長治 / 編集:中静達治 / 録音:渡辺利一 / 音楽:山内正 / 出演:市川雷蔵小川真由美加東大介、E・H・エリック、待田京介、ピーター・ウィリアムズ、早川雄三、村瀬幸子、三夏伸、中条静夫 / 初公開時配給:大映 / 映像ソフト発売元:KADOKAWA

1966年日本作品 / 上映時間:1時間36分

1966年11月16日日本公開

2012年6月29日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|シリーズBOXセット:amazon]

映画デビュー60周年記念企画“雷蔵祭 初恋”(2014/8/9〜)の1本として上映

映画デビュー60周年記念企画“雷蔵祭 初恋”公式サイト : http://www.cinemakadokawa.jp/raizohatsukoi/

角川シネマ新宿にて初見(2014/08/16)



[粗筋]

 日中事変からほどない頃、三好次郎(市川雷蔵)は士官候補として陸軍の配属された。通例に漏れず、2年のお勤めで済む、と思っていたが、次郎の上官となった草薙中佐(加東大介)の意図は、およそ普通の軍務とは異なるものだった。

 草薙が企図していたのは、スパイの養成であった。日本がいよいよ本格的に世界を相手取った戦争に臨もうとしている今、情報を探り、戦況に有利をもたらし、敵方に内部から打撃を与えるスパイの重要性は格段に増していく、と草薙は考えていた。既存のスパイは草薙の理想からほど遠く、そこで草薙は名門大学を卒業した知性面でも申し分のない若者たちを、優れたスパイとして育てることにしたのである。

 いったんスパイになると決めれば、本来の姿に戻れる保証はない。出世からは遠のき、いざ敵国に捕らわれれば拷問を受け、やがては獣のように無惨に殺されるだろう。草薙の話に若者達はたじろぐが、しかし彼らこそが日本、ひいては世界を救う存在にもなりうる、という草薙の言葉に心を揺さぶられ、その意志に賛同した。

 次郎は椎名という偽物の姓を与えられ、三好次郎としての生活を捨てて、スパイになるべく修練に励む。学舎にして宿舎となる中野のバラックには門限は設けられていなかったが、次郎も他の同胞たちも、熱心に勉強を重ねていった。

 だがその一方で、集められた士官候補生たちの家族は、出立以降消息を絶った彼らの身を案じていた。とりわけ次郎の婚約者・布引雪子(小川真由美)は陸軍の各所に乗り込み、次郎の行方を懸命に探す。もともとイギリス人の経営する会社で勤めていたため英語に堪能だった彼女は遂に、暗号解読を主な任務とする陸軍第十八班に、タイピストとしての職を得てまで、次郎の消息を求めた。

 しかし、そんな雪子にやがてもたらされたのは、次郎が密かに銃殺された、という情報であった。実際にはまだ中野学校でスパイとしての訓練に励んでいたが、そうとは知らず、雪子は愛するひとを奪った陸軍に恨みを募らせるのだった……

[感想]

 スパイ映画といえば007シリーズか、『ミッション・インポッシブル』、最近でジェイソン・ボーンシリーズというところだろうか。日本にスパイがいなかった、などと考えるひとはいないまでも、スパイ映画で定着したシリーズ、というのは思いつかない。

 それは代替わりを許してまでシリーズを支える基盤がない、とか様々な問題が絡んでいるので、あんまり軽々しく論じないほうが無難と思われるが、もしかしたら海外の名作に太刀打ちする、日本らしいスパイ映画のシリーズが誕生しえたかも知れない、そういう香気が本篇にはある。

 この映画にはきちんと原作が存在するようだが、ここで語られる日本のスパイ像がどの程度事実に即しているのか、私には解らない。陸軍の横暴に危機感を抱き、抵抗や反発を試みた者はあっただろうが、スパイ組織を立ち上げようという者がここまで、体制に対し批判的な見方をし、かなり大っぴらにその意図のもとで活動が出来たのか、という疑問はあるが、終戦後20年の時点での描き方としては妥当だろうし、それに違和感を抱かせない空気はしっかりと作られている。息苦しく、自らの所属する組織に絶対に信を置くことが出来ない歯がゆさがあるが、しかしそんななかで意志を貫くが故の崇高さ、清々しさも内包する。そこには日本らしい青春ドラマの趣さえ感じられる。

 だがしかし、あくまで本筋はスパイの物語なのだ。まだ教育段階、しかも陸軍にも完全には認められていない立場ゆえ、スパイとしての能力や心構えを学ぶところに加え、その総仕上げとしての実践演習のようなくだりしか盛り込まれていない。だがそこに、スパイとして生きるが故の宿命が凝縮されており、昨今存在するスパイ映画の諸作に通じながらも異なる味わいを生み出している。

 そして、この物語の勘所はやはり、主人公・椎名こと三好次郎を演じた市川雷蔵だ。ナレーションを兼ね、実質の語り部として機能しているのだが、本篇のなか、とりわけ訓練のあいだはろくに台詞がない。候補生たちとともに一堂に会している場面では基本的に言葉を発さず、同胞たちが口にする意見に静かに耳を傾けている。次郎が意見をするのは、周囲から求められたときか、遂に任務が与えられたときなのだ。見ようによっては楽な役とも言えるが、ただ立っているだけでオーラが滲んでくるスター性、そしてそれをきちんと捉えるカメラワークや演出など、条件が整えられて成り立つものであり、言うほど簡単に出来るものではない。

 そして、いざ任務に就いたとき、初めて彼に本格的にスポットが当たる格好だが、その理知的で無駄のない振る舞いに痺れるような格好良さがある一方で、聡明さでは乗り越えられない悲劇に直面する。自らの立場と任務の重要性故に結論はおのずと出ており、行動するさいにほとんど躊躇いは見せないが、だが表情や僅かな間に感情が滲み出す。前述した外国産スパイ映画のような派手さはないが、しかし静かながらも緊張感が漲り、関心を惹く紆余曲折とともにドラマとしての奥行きも備えているのだ。

 これも一種、世界大戦へと向かいつつある日本だからこそ起きた悲劇である。その本質から目を逸らすことなく、しかしこの時代ならではの状況と空気とを駆使して、本篇はエンタテインメントを作りあげている。アクションや大規模な謀略を扱わずとも、スパイ映画は充分面白くなる、ということを、『007』シリーズが誕生してまだ間もない1966年にして証明していることが驚きだ。

関連作品:

この子の七つのお祝いに』/『日本橋

濡れ髪剣法』/『濡れ髪三度笠』/『浮かれ三度笠』/『七人の侍

007/危機一発(ロシアより愛をこめて)』/『WHO AM I ? フー・アム・アイ?』/『ボーン・アイデンティティー』/『ボーン・レガシー』/『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』/『グッド・シェパード』/『顔のないスパイ』/『裏切りのサーカス

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