『山の郵便配達』

TOHOシネマズ日本橋、スクリーン3入口に掲示された案内ポスター。 山の郵便配達 [DVD]

原題:“那山那人那狗” / 原作:ポン・ジェンミン / 監督:フォ・ジェンチー / 脚本:チウ・シー、ス・ウ / 製作総指揮:カン・ジェミン / 撮影:ジャオ・レイ / 作曲:ワン・シャオホン / 出演:トン・ルーチュン、リウ・イエ、ジャオ・シィウリ、ゴン・イェハン、チェン・ハオ、リ・チュンホア、ヤン・ウェイウェイ、ダン・ハオ、ホアン・フェイ、ワン・ユイ / 配給:キネマ旬報社、エフプロモーション、東宝東和 / 映像ソフト発売元:東宝東和

1999年中国作品 / 上映時間:1時間33分 / 日本語字幕:清水馨、森川和代

2001年4月7日日本公開

午前十時の映画祭7(2016/04/02〜2017/03/24開催)上映作品

2002年5月24日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon] ※2017年1月現在廃盤

TOHOシネマズ日本橋にて初見(2017/1/2)



[粗筋]

 1980年代、湖南省西部の山岳地帯に点在する村落への郵便は、配達夫が徒歩で山越えをし、集配を行っていた。

 そんな配達夫であった父(トン・ルーチュン)が、脚を痛めたために支局長から引退を勧められ、代わりに息子(リウ・イエ)が引き継ぐことになった。

 息子にとって初めての配達の旅に出立する朝、しかし常に父と帯同していた飼い犬の“次男坊”が、家に残る父にまとわりついて離れようとしなかった。やむなく父は手早く旅支度を整え、息子に続いて家を発つのだった。

 旅は3日間で約120kmを移動する。1度だけ旅に同行した支局長が、「こんなに辛いとは思わなかった」と嘆き、父に引退を勧告したほどの難路である。

 旅路も厳しいが、息子にとっては、父とふたりだけの時間も苦痛だった。配達夫として旅から旅の暮らしを送っていた父はろくに家にいることがなく、まともに会話を交わした記憶もない。「荷物を粗略に扱うな」と注意されても、素直には従えなかった。

 ようやく辿り着いた山中の村落で、父は集配所に足を運ぶ一方、1軒の家には直接足を伸ばした。そこに暮らす五婆(ゴン・イェハン)は目を悪くしており、父は彼女のために、孫からの郵便を読み上げてやっているのだった……

[感想]

 非常に低予算で製作されながら、地元・中国で高評価を受け、やがて全世界的に大ヒットとなった作品である。

 本篇の舞台となった時代から現在に至るまで、何かと不穏な話題がつきまとう中国だが、この作品にそうした社会的背景はあまり影を落としていない――作中語られる、都会に出た人物の動向に、当時だからこその期待が滲むのは窺えるが、その程度だ。

 山を徒歩で旅して、郵便の集配を行う、という職に従事する人物、という視点は珍しいが、人里離れた場所だからこその仕事と風物を描く、という見方をすれば、題材としては普遍的だ。だからこそ、本篇で描かれている郵便配達夫の営み、親子の対話、行く先々で繰り広げられる人々との交流が、国境を越えて様々な人々の心に訴えかけてくるのだろう。

 また、本篇は完成された作品だけを眺めても解るくらい、あからさまに予算が限られている。劇中の映像のほとんどがロケで、恐らくまともにセットを組んだ場面はないだろう。可能性があるのは祭りのシーンくらいのものだが、あれとて実際の集落と祭りの様子を借りているかも知れない。

 しかしそれ故に、本篇の映像は終始素朴で親しみやすい美しさに彩られている。尾根筋から見下ろす山村の光景、緩やかなカーブを描く畑のあいだを通る畦道、谷間から遠くに望む稜線の美しさ。大陸的な大らかさも感じさせつつ、日本人にも親近感を感じさせる光景が多い。遠く離れた土地で暮らすひとにとっても、本篇で繰り広げられる光景と、そのなかでの人々の営みは、親しみや懐かしさを感じさせるのではなかろうか。

 そうして、親しみの湧く世界の中で繰り広げられる物語もまた、決して波瀾万丈ではなく、どこにでもありそうなものだ。肉体的な衰えにより引退を決意した父親と、明確な目的意識はなくその仕事を継ぐ息子。どこかぎこちないやり取りの中で、少しずつ関係を深め絆を再生させていく。冒頭に帰結していくラストシーンもさりげなく、大仰なところはまるでない。

 だが、だからこそこの作品は観終わっても不思議と忘れがたく心に残るのだろう。大袈裟なところがないからこそ、観るものは視点人物である息子、或いは引退する父親、或いは家を守り郷里を想う母親に、身近ななにかの姿を重ねてしまう。

 どこにでもありそうな出来事を、飾り立てることなく、しかし静かに感動的に描ききったからこそ、本篇は他にはない魅力を放っている。イデオロギーや時代性とは無縁に、いつまでも愛される名篇であろう。

関連作品:

ポリス・ストーリー/レジェンド

初恋のきた道』/『砂の器』/『黄昏(1981)』/『アバウト・シュミット』/『海洋天堂』/『人生の特等席

コメント

タイトルとURLをコピーしました