『ダイ・ビューティフル』

TOHOシネマズ六本木ヒルズ、入口下の階段脇に掲示されたポスター。

原題:“Die Beautiful” / 監督&原案:ジュン・ロブレス・ラナ / 脚本:ロディ・ベラ / 製作:ジュン・ロブレス・ラナ、フェルディナンド・ラプス / 製作総指揮:ペルシ・インタラン / ライン・プロデューサー:オマール・ソルティハス / 撮影監督:カルロ・メンドーサ / プロダクション・デザイナー:アンヘル・ディエスタ / 編集:ベン・トレンティーノ / 音楽:リカルド・ゴンサレス / 出演:パオロ・バレステロス、クリスチャン・バブレス、グラディス・レイエス、ジョエル・トーレ / 日本配給未定

2016年フィリピン作品 / 上映時間:2時間 / 日本語字幕:佐藤恵

第29回東京国際映画祭コンペティション部門観客賞受賞作品

日本公開未定

公式サイト : https://www.facebook.com/diebeautiful/

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2016/11/03) ※観客賞授賞式にて上映



[粗筋]

 トリシャ(パオロ・バレステロス)が亡くなった。悲願だったミス・ゲイ・フィリピーナの栄誉に輝いたその晩、くも膜下出血を発症し、あっという間に息を引き取った。

 トリシャは幼少の頃からゲイだった。学校では奇異の目で見られ、父から理解を得られずに高校在学中に勘当され、以来各地のゲイによるミスコンに出場し、その賞金で生計を立てていた。

 学生時代からの親友で、同じくゲイであるバーブスは、トリシャが生前に漏らしていた言葉に従って、埋葬するまで連夜行われる葬儀のあいだ、毎日メイクを変え、様々な姿で飾ることにした。

 家族で参列しているのは養女であるシャーリー・メイひとりだけ、しかし多くのゲイ仲間たちによって華やかに葬儀は進められたが、ある日、葬儀場のオーナーが着飾ったトリシャの遺体と撮った写真をSNSにアップしたことで、葬儀はにわかに世間の注目を集めてしまう……。

[感想]

 鑑賞時点では知らなかったことなのだが、本篇のヒロイン、トリシャを演じたパオロ・バレステロスという俳優は、男性ながら世界各国の著名な女性に似せたメイクをして人気を博しているらしい。本人のそういうキャラクターがあったから本篇の着想に至ったのか、アイディアを表現するのに相応しい人材だから選ばれたのか、までは確かめていないが、少なくとも本篇のように、有名人のメイクを顔に施すのに慣れていたのは確かなようだ。

 ただ、正直なところ、死化粧のバリエーションの豊かさは、本篇ならではの彩りに過ぎない、と思う。この作品において重要なのは、弔いのプロセスであり、それを通して、トリシャという“女性”の生涯を描き出したことにある。

 以前に比べればLGBTの人々はだいぶ受け入れられてきた感があるが、それでも依然として批判的なひとは多いし、思考停止で拒絶するひとも少なくない。そういう状況において、彼らがどんな過去を生きて来たか、どんなふうに生活しているか、というのはあまり一般人には伝わりにくい。フィリピンあたりだと社会的にも許容されているようなイメージがあるが、それでも彼らの暮らしぶりを知る術は乏しい。本篇はそういうゲイの人々の暮らしぶり、とりわけ、“ゲイである”ということを同時に飯の種にしているひとびとの姿を垣間見せていて興味深い。

 作中、各地で催されるゲイ限定のミスコンや、養子を取ったほうがいい、という価値観は恐らく世界的に共通しているものではないだろうが、確かに頷けるもので、そうした部分を覗き見ることが出来るのも本篇の面白さだ。“母親”がトランスジェンダーであるがゆえに娘が抱く複雑な胸中も、本篇は巧みに織り込んでいる。

 先ほど、死に化粧のヴァリエーションは彩りに過ぎない、と記したが、ただこの作品においては、トリシャの人生を、特定の角度から描く際の区切りのような役割を果たしていて、構成を助けている。

 これはゲイのひとびとに限ったことではないが、人間はあらゆる場所で同じ顔、態度をしているわけではない。誰かの子供として、誰かの親として、或いは誰かの恋人として、それぞれに違った態度、振る舞いをしているものだ。仮に一貫した信念をもって振る舞っていたとしても、それぞれの“顔”で関わるひとびととの関係性は決して同一にはならない。ゲイであったトリシャは、それ故に周囲との関係性は多岐に亘り、特定の関係性にスポットを当てる形に章立てすることで、その多面性を巧みに切り出している。

 トリシャという人物は、ある意味で自分の心の赴くままに生き、理想を実現してきた、とも言える。しかし他方で、捨ててきた家族はもちろん、自ら望んで築いた家族とも満足な関係を築くことは出来なかった。他にも解決できていない問題は多数あり、もし一瞬でも意識を取り戻していたら、それを悔やんだかも知れない。

 だが現実に、あらゆる問題に決着をつけ、望み通りに人生を全うできる者のほうがごく稀だ。本篇はそういう現実を飾ることなく汲み取ったうえで、それでも彼女は彼女としての人生を生き抜いた、と賞賛する構造になっている。たとえ望む通りの人生でなかったとしても、その命には価値があった、と称える物語なのだ。

 だから、最後の化粧をお披露目する場面での親友のスピーチと、そのあとに添えられる歓声が心地好いのだろう。ひとりの命が失われた哀しみをしっかりと刻みつけながらも、明るく暖かで力づけられる、不思議な作品である――東京国際映画祭にて、観客からいちばん評価されたというのも頷ける。映画として満点とは言い難いのだけど、充実した作品なのだ。

関連作品:

ボーイズ・ドント・クライ』/『ミルク』/『フィリップ、きみを愛してる!』/『人生はビギナーズ

生きる』/『息子の部屋』/『ムーンライト・マイル』/『ビッグ・フィッシュ』/『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』/『ぼくを(おく)』/『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』/『8月の家族たち』/『LIFE!

壊れた心

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