『アントラム 史上最も呪われた映画』

シネマート新宿の入っているビル1階のエレベーター前に掲示されたポスター。
原題:“Antrum : The Deadliest Film Ever Made” / 監督、原案&製作:マイケル・ライシーニ、デヴィッド・アミト / 脚本:デヴィッド・アミト / 製作総指揮:デヴィッド・ボンド、エリック・サーティーン / 撮影監督:マクシミリアン・ミルチャジック / 音楽:アリシア・フリッカー / 出演:ニコール・トンプキンス、ローワン・スミス、ダン・アイストレート、サーカス=シャロウスキ、シュウ・サキモト、クリステル・イーリング / 配給:TOCANA
2018年カナダ作品 / 上映時間:1時間34分 / 日本語字幕:?
2020年2月7日日本公開
公式サイト : http://antrum-movie.com/
シネマート新宿にて初見(2020/02/08)


[粗筋]
 1988年。ハンガリーのブダペストにある小さな映画館が、作品を上映中に出火、全焼した。観客56名が死亡したこの火災は、一般的な映画館の火災と異なり、上映時間中に客席の複数の場所から同時多発的に火が出ている、と言うことが判明する。このときかかっていた映画こそ、『アントラム』である。
 映画が製作されたのは1979年のアメリカであり、同時期に複数の映画祭に出展されたというが、まとにに上映された記憶はない。審査のために単独で映画を鑑賞したジョーンズパーク映画祭の企画者ジャネット・ヒルバーグはその翌日に突然の死を遂げた。最期の瞬間、『アントラム』の出品を否決する、と呟いたという。
 他の映画祭でも、いち早く鑑賞した関係者が相次いで謎の死を遂げた。ブダペストの悲劇を経て、“呪われた映画”という風評が広まったのち、その事実を検証するため1993年にサンフランシスコで上映会が催されるが、観客たちが突如として恐慌を来し暴動に発展、30名以上の死傷者を出してしまう。この暴動は売店の従業員がポップコーンにLSDを混入させたのが原因だったが、いよいよその強烈な“呪い”を印象づけたあと、フィルムは何処へともなく姿を消す。
 だが製作から40年近い時を経て、ドキュメンタリー作家マイケル・ライシーニとデヴィッド・アミトが偶然、インターネットのオークションサイトに出品されているフィルムを発見、入手に成功した。
 フィルムには、制作者自身が手がけたのか定かではない加工が施されていた。調査の結果、何者かが観客の精神に影響を及ぼすことを意図したと考えられたが、その動機は定かではない。
 発見した2人は、このフィルムに過去の経緯などを解説したドキュメンタリー8分を追加し、一般公開する道を選択した。全篇を観終えたとき、あなたの身に何が起きるのか――


[感想]
 ――なにが驚いたって、こういう前置きのあとで、本当に『アントラム』全篇と称した映像を出してしまうことだ。てっきり、過去の事件の真偽を確かめたり、どうにか無事に過ごしている関係者からの証言を取ったりして、その合間に入手した本篇映像を挟み込むドキュメンタリー・スタイルにするかと思っていた。ぶっちゃけ、本当に観客に危険が訪れては収益化は出来ないので、内容を解きほぐしつつ全容は曖昧にする、といった作りを選ぶのかと思っていた。
 ……だって私、とくに大過なく生活してるし。まだ死んでないし。

 つまるところ、『アントラム』が呪われた映画である、という部分がフェイクであるのは大前提として受け止めるしかない。だが、そう理解したうえで鑑賞すると、その工夫と努力が実感できる作りとなっている。
 恐らくかなり限られた予算で製作していると思われるが、それっぽい映像を巧みに引用、それぞれに得体の知れない専門家のコメントを挿入することで、これから見せられるはずの映画に対する恐怖をじわじわと植え付けていく。絡繰りを察してしまうとどこかわざとらしく、笑ってしまうひともあるだろうが、見せる工夫としては成立している。
 肝心の映画への工夫は更に細かい。ストーリーと関係のなさそうな不可解なノイズやブレ、更にはあからさまに何らかの意味を持つと覚しい図形が人物や背景に被さってくる。こちらもそこまで詳しくないので、本篇にちらつく象徴の数々にどんな呪術的効果があるのかは解らないが、言いようのない不安を煽られるのは確かだ。
 しかしこの作品で最も評価したいのは、“呪われた映画”の本篇そのものが、低予算ホラーとして良く出来ている点だ。
 物語は姉弟の飼い犬が安楽死させられる場面から始まる。なぜ犬を死なせなければならなかったのか、明確な説明は劇中にないが、母親の「悪い犬」「天国ではなく、地獄に行った」という、子供に向けて口にするには厳しい表現から、何らかのトラブルを起こして殺処分になった、という可能性が窺える。愛犬の死に囚われた弟に、姉は「愛犬の魂を救う」と言って、地獄にいちばん近い場所へ行くことを提案する。
 物語は弟と姉、双方の視点を交えて描かれる。はっきりとした説明はないが、姉がどんな理由で弟をこの旅に連れ出したのか、もやがて浮かび上がってくる。その手段はいささか極端に過ぎるし、悪ふざけにも映るが、弟の愛犬に対する想いの深さと姉弟の関係性の強さを窺わせる。
 そうして姉に指示されるまま行動する弟は、目撃する様々なものに驚き、細かな兆候に自分が地獄に近づいていることを感じる。愛犬に会いたいという切実な想いと、それでも自分が触れざる領域に迫っている恐怖とのない交ぜになった感情の表現が巧みで、単純な恐怖だけではない深みが生まれている。
 終盤では往年のホラー映画の様式美濃厚なガジェットを投入し、解り易く生々しい恐怖と緊張感を盛り込むが、肝は終幕だ。同じ目標に向かって手を携えていたふたりが、見ていたものの違い故に辿る結末は恐怖ばかりでなく物悲しさまで称えている。想像を観客に委ねたラストシーンまで趣向が徹底しており、地味ながら味わいのある佳品に仕上がっている。
 だがしかし、その映画としてのクオリティが高いがゆえに、“呪われた映画”に装うための細工が余計に思えてしまう面も否めない。作中作の質が高く、なおそこに共鳴するかのような怪しげな細工が随所に施されているからこそ、観る側の想像を掻き立てている、とも言えるのだが、作り手が望むような反応が出来る受け手はそれなりに想像力が求められるし、受け手に力があったとしても納得するかは話がまた別だ。
 個人的にはその意欲は認められて然るべきだと思うし、作中作の質の高さだけでも評価に値する、と考えるが、受け手の感性や姿勢に委ねるところが大きすぎる。かと言って感受性の強すぎるひとが観てしまうと本気で生命の危機を覚えかねない趣向でもあるので、非常にお薦めしづらい1本である。文句なく鑑賞を薦められるのは、“呪われた映画”なんて信じないけど、どんな風に表現しているかには興味がある、というひとくらいだろうか。趣向自体に否定的なひとや、軽視しているようなひとは、けっきょく楽しめないと思う。


関連作品:
女優霊』/『ウィッカーマン(2006)』/『POV ~呪われたフィルム~』/『フッテージ』/『ほんとにあった!呪いのビデオ55』/『劇場版 稲川怪談 かたりべ』/『fuji_jukai.mov』/『ヘレディタリー/継承

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