『アラーニェの虫籠』

シネ・リーブル池袋の売店に展示された、『アラーニェの虫籠』出演声優のサイン入りポスター。
シネ・リーブル池袋の売店に展示された、『アラーニェの虫籠』出演声優のサイン入りポスター。

監督、原作、脚本、アニメーション&音楽:坂本サク / 製作、プロデュース&監修:福谷修 / プロデューサー:福谷はるな / 音響監督:和田俊也 / 主題歌:眩暈SIREN“その嘘に近い” / 声の出演:花澤香菜、白本彩奈、伊藤陽佑、片山福十郎、バトリ勝悟、福井裕佳梨、土師孝也 / 製作&宣伝:ゼリコ・フィルム / 配給:Presidio
2018年日本作品 / 上映時間:1時間15分(国際版)
2018年8月18日日本公開
2023年5月26日リファイン版日本公開(続篇『アムリタの饗宴』同時上映)
2019年7月2日映像ソフト日本盤発売 [DVD VideoBlu-ray Disc]
公式サイト : https://www.ara-mushi.com/
シネ・リーブル池袋にて初見(2018/08/23)

[粗筋]
 我が家を目指すりん(花澤香菜)の足取りは重かった。不動産の薦めで、内見もせずに入居した集合住宅は、イメージ写真とは似ても似つかぬ薄気味悪い建物だった。入居者は少なく、陽が沈むと不気味さを増す住宅は、僅かに暮らすのも異様な雰囲気をまとう人々ばかりだった。
 周囲では、謎の殺人事件が相次いでいる。鋭利な刃物のようなもので切りつけられたあと、首が折られた状態で発見されており、住民達を怯えさせている。そのせいで、誰もが早く家路に就くというのに、何故か川辺でひとり踊っている少女がいた。思わず見蕩れてしまったりんに、少女は奈澄葉(白本彩奈)と名乗ると、“救済人”という都市伝説じみた話を語る。呪いや、目に見えないものを抑えこむために戦っている人々がいて、その中のひとりが、強い妄想に囚われて、法を破るような活動に及んでいるのだ、と。
 処方された薬を呑むことで、ときおり幻覚を見ることのあるりんだったが、近ごろは不気味な虫の幻覚ばかりとなっていた。ある夜、集合住宅から年輩の女性が救急搬送される現場に行き会ったりんは、女性の腕から巨大な虫が這い出る様を目撃する。その虫がなんなのか気にかかったりんが、大学の図書室で文献を探していると、“心霊蟲”という単語を見つけるのだった――

[感想]
 とにかく驚かされるのは、これを音響や声、主題歌あたりを除くほとんどすべてをたったひとりで作りあげている、という事実だ。その事実を知っていると、冒頭から終始打ちのめされるような心地がする。
 この“ひとりで制作している”という事実は、本篇の場合、作品の仕上がりにも大いに貢献している、と感じる。
 解り易いのは、見事なまでの統一感である。ひとりで描いているのだから当然だが、冒頭からラストまで、急激に絵柄が変わったり、エフェクトに違和感を覚えるような箇所がない。不気味で妖しく、そして蠱惑的な美しさを宿した画面が終始展開する。
 ひとりで作るには必然だったのだろうが、本篇はかなりの箇所で3DCGを用い、インパクトが必要な人物のアップなど、要所要所で手描きにしているが、作品に没頭しているとほとんど気づかないレベルで馴染んでいる。これもまた、3Dも手書きもひとりで担当しているからこそ可能だったことだろう。3DCGとフリーハンドでの描画を担当する人間が別々だった場合、このすり合わせは決して楽ではない。
 本篇にはホラー映画の象徴的な要素が多数盛り込まれている。どこかで繰り広げられていたと思しい人体実験、謎の猟奇殺人、闇に蠢く無数の蟲、廃墟めいた住宅に、忌まわしい悪夢、等々。映画に限らず、ホラーというジャンルでは馴染み深いモチーフが贅沢に詰めこまれているのも、ジャンルに対する愛着を持つクリエイターによる情熱の産物、といった趣がある。同好の士であれば、このホラー要素のつるべ打ちに好感すら抱くはずである。
 それでいて、安易に要素を羅列しているわけではなく、モチーフを活かすための演出も洗練されている。絶妙なタイミングで出没する異物、常に視界の隅に見え隠れし、肌につきまとうような妖しい気配が、作品の悪魔的な雰囲気を濃密にしている。
 とはいえ、大量にモチーフを投入したせいで、終盤はイメージが暴走しており、恐らく多くの観客は追いつけなくなっている。きちんと描写を検証していくと、それぞれに繋がりがあり解釈が成り立つのだが、勢いがつきすぎ跳躍が大きく、観客を置き去りにしている感は否めない。矢継ぎ早に繰り出されるモチーフやその表現に魅せられないような人は、たぶん本篇を楽しむのは難しいだろう。
 ただ、羅列されるキーワードに関心があり、その絵柄や雰囲気に魅力を感じるような人であれば、かなり確実にツボにハマるはずだ。ひとりで作るからこそ、趣味的な要素をふんだんに詰めこみ、作品全体の統一感を保つことが出来たのだから、これは一種、神の賜物と言えるかも知れない――いや、作品に敬意を表するなら、魔の賜物、と呼ぶべきか。
 最後にもう一つ、本篇においては、ほぼ全篇出ずっぱりのヒロインを、収録時にメイクまでキャラクターに合わせて臨んだ花澤香菜の貢献も非常に大きい。序盤では親近感さえ覚える女性像を自然に表現しつつ、実に多彩な感情、表情を演じきっている。キャラクターごとに雰囲気を変える演技の幅の広さで定評のある声優だが、その魅力、振り幅を見事に発揮した作品だと思う。

関連作品:
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