『フルメタル・ジャケット』


『フルメタル・ジャケット』日本語吹替音声追加版 AK ULTRA HD + Blu-ray(初回限定生産)。

原題:“Full Metal Jacket” / 原作:グスタフ・ハスフォード / 監督&製作:スタンリー・キューブリック / 脚本:スタンリー・キューブリック、マイケル・ハー、グスタフ・ハスフォード / 共同製作:フィリップ・ハブ / 撮影監督:ダグラス・ミルソム / プロダクション・デザイナー:アントン・ファースト / 編集:マーティン・ハンター / 衣装:キース・デニー / キャスティング:レオン・ヴィタリ / 音楽:アビゲイル・ミード(ヴィヴィアン・キューブリック) / 出演:マシュー・モディーン、アダム・ボールドウィン、ヴィンセント・ドノフリオ、R・リー・アーメイ、ドリアン・ヘアウッド、アーリス・ハワード、エド・オロス、ジョン・テリー、ケヴィン・メイジャー・ハワード / 配給&映像ソフト発売元:Warner Bros.
1987年イギリス、アメリカ合作 / 上映時間:1時間56分 / 日本語字幕:原田眞人 / R15+(吹替版:R18)
1988年3月19日日本公開
2020年12月2日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon|4K ULTRA HD + Blu-ray(初回限定生産):amazon|4K ULTRA HD + Blu-ray【Amazon.co.jp限定】:amazon]
NETFLIX作品ページ : https://www.netflix.com/watch/528677
Blu-ray Discにて初見(2020/12/24)


[粗筋]
 アメリカ、サウスカロライナ州パリス・アイランドにある海兵隊訓練所で、これからヴェトナムの戦地に赴く若者たちが厳しい訓練を受けている。
 教官のハートマン先任軍曹(R・リー・アーメイ)は初日から新兵達を口汚く罵り、目についた真平に屈辱的な渾名を与えていった。ジェイムズ・T・デイヴィス(マシュー・モディーン)はそんなハートマン先任軍曹にも物怖じせず皮肉を口にする度胸から《ジョーカー》と呼ばれた。
 過酷を極める訓練のなかで、レナード・ローレンス(ヴィンセント・ドノフリオ)が次第に後れを取るようになった。《ゴーマー・パイル=ほほえみデブ》と渾名された彼は盗み食いの癖が収まらず、連帯責任として処罰された班の仲間たちからいじめを受けるようになる。班長に命じられたジョーカーは親身になって面倒を見るが、供給されたライフルの整備をしながら話しかけたり、訓練中も上の空になったり、と奇行の目立つゴーマー・パイルに不安を抱き始める。
 次第に狙撃手としての才覚を示し始めたゴーマー・パイルは、疾病除隊されることもなく卒業の日を迎える。無事に派兵先も決まった最後の夜、当番として見回りをしていたジョーカーは、惨い現場を目撃することになった。
 その後、ジョーカーは報道部員としてヴェトナムに派遣され、戦況を国民や兵士たちに報じる任務に従事した。当初は戦場の兵士たちへのインタビューなど、戦闘には携わらずに前線を巡っていたジョーカーだったが、厳しい戦況は、やがてジョーカーやカメラマンとして同行するラフターマン(ケヴィン・メイジャー・ハワード)にも武器を取らせた――


『フルメタル・ジャケット』本篇映像より引用。
『フルメタル・ジャケット』本篇映像より引用。


[感想]
 主観視点を用いた実験的趣向のある作品、という訳でもないのに、冒頭からまるで登場人物ともども訓練施設に放り込まれたような感覚に襲われる。本篇を語るうえで外すことの出来ないハートマン先任軍曹の説教、というより悪意に満ち満ちた罵倒があまりにも強烈だからだ。卑語を無数に盛り込み、人種の別なく等しく罵倒する姿勢は、明確なポリシーを窺わせるが、当事者にしてみれば、これからの訓練の日々に暗い展望を抱くほかない。その長広舌から新兵達が味わうであるう感情を、序盤の10数分で観客もまた充分すぎるほど実感させられてしまう。
 そこから約30分は、この大前提に基づくシゴきが続くだけだ。そこまでの訓練所パートでのキーマンは、《ほほえみデブ》と渾名される男ローレンスだが、実のところ、衝撃の出来事に繋がっていく心理的な伏線を、それほど丹念に織りこんでいるわけではない。ローレンスの行為による連帯責任の罰は2回ほどしか描かれていないし、それに対する報復も、シーンとしては1箇所しかない。だがそれでも、直後にローレンスが整備中のライフルに語りかける言葉やその表情が、過酷すぎる特訓のなかで、どれほど追い込まれていったかが想像がつく。プロセスを繰り返し見せつけたりしないからこそ、ローレンスのこうした変化が代弁するものが饒舌なのだ。
 そして、このくだりは後半、戦場でのくだりにも、無言のまま深い影を落としている。訓練所のパートから引き続き、《ジョーカー》が視点人物となるが、表面的に彼が訓練所での出来事に言及することはない。のちに訓練所の同期と再会する場面もあるが、そこでもローレンスについて触れることはないのだ。
 しかし、それこそがある意味、戦場の過酷さ、不公平さを如実に物語っている、と言える。訓練所での想い出に浸っている暇がないほど、戦況は厳しく、常に決断と行動とを迫られる。ローレンスのような道を歩まず、それこそハートマン先任軍曹が望んでいたような兵士たちに成長した彼らは、口汚い言葉を使い、現地の娼婦を買って欲望を発散しながら、“殺し屋”として働いている。だが、そこで経験する出来事は、常に訓練や経験則では処理出来ないようなものばかりだ。だからこそ彼らは過ぎ去った記憶を振り返らない。ローレンスの存在がほぼ無視されていることこそ、“戦争”の現実をこの上なく象徴している、と言えよう。
 内容的にはフィクションのはずだが、しかしこの作品には嘘っぽさが皆無に近い。訓練所の過酷さも、戦場の壮絶さも身に迫ってくるかのようだ。1960年代を時代背景としているが、訓練所にせよ戦場にせよ、描写に古さはまったく感じない。歴史的傑作『地獄の黙示録』ですら、40年を経た今となっては微かに古臭さが滲んでしまうのに、本篇は不気味なほど瑞々しくさえある。恐らくそれは、本篇での描写、表現が戦争映画のスタンダードになってしまったが故だろう。本篇を観ている、いないに関わらず、戦争のリアルを追求していった先に、本篇は存在してしまう。
 興味深いのは、監督が語ったという通り、本篇は“反戦”のメッセージなど発信していない、という点だ。普通の感覚ならば、ハートマン先任軍曹の罵倒だけで嫌気が差し、一瞬の油断さえ許されず、それが勝利に繋がる、と信じる限り女性や子供を殺すことさえ厭わないさまに、怒りすら覚えても不思議はない。しかし、ある意味で本当に人種の区別などしない軍曹の悪罵は魅力的に映り、ルールなど存在しない純然たる命のやり取りには、すり切れそうな緊張感と昂揚感がある。そうした描写はいっそ、肯定的とも取れるのである。
 そして、そこまで突き詰めたからこそ、本篇は超えることの困難なマスターピースたり得ているのだろう。表現がどれほど薄汚くとも、本篇はどうしようもなく純粋で、それゆえ実像に限りなく迫ってしまった“本物”の戦争映画なのだ。そう簡単に作れるものではない。


関連作品:
博士の異常な愛情/または私は如何にして心配するのを止めて水爆を・愛する・ようになったか』/『2001年宇宙の旅』/『地獄の黙示録 劇場公開版<デジタルリマスター>
トランスポーター2』/『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』/『クローン』/『ジュラシック・ワールド』/『テキサス・チェーンソー ビギニング』/『ゴシカ』/『マネーボール』/『ゾディアック』/『ダーティハリー4
M★A★S★H マッシュ』/『ディア・ハンター』/『プラトーン』/『プライベート・ライアン』/『戦争のはじめかた』/『ブラックホーク・ダウン』/『30年後の同窓会』/『シカゴ7裁判』/『ハート・ロッカー』/『ローン・サバイバー』/『フューリー

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