『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』

新宿ピカデリー、スクリーン9入口脇のデジタルサイネージに表示されたポスターヴィジュアル。
原題:“Les Traducteurs” / 監督:レジス・ロワンサル / 脚本:レジス・ロワンサル、ダニエル・プレスリー、ロマン・コンパン / 撮影監督:ギヨーム・シフマン / プロダクション・デザイナー:シルヴィ・オリヴェ / 編集:ロイック・ラルマン / 衣装:エマニュエル・ユークノフスキー / 音楽:三宅純 / 出演:ランベール・ウィルソン、オルガ・キュリレンコ、リッカルド・スカマルチョ、シセ・バベット・クヌッセン、エドゥアルド・ノリエガ、アレックス・ロウサー、アンナ・マリア・シュトルム、フレデリック・チョー、マリア・レイチ、マノリス・マヴロマタキス / 配給:GAGA
2019年フランス、ベルギー合作 / 上映時間:1時間45分 / 日本語字幕:原田りえ / PG12
2020年1月24日日本公開
公式サイト : https://gaga.ne.jp/9honyakuka/
新宿ピカデリーにて初見(2020/02/15)


[粗筋]
 フランス語で執筆された文芸ミステリー『デダリュス』は世界的ベストセラーとなった。第2巻の発表から2年を経て遂に第3巻“死にたくなかった男”が脱稿、出版権を勝ち取ったアングストローム出版社は内容の流出による損失を防ぐため、大胆な策を実行する。
『デダリュス』の売り上げが好調だった各国の翻訳者たち9名が、フランスに招集された。作品のファンであるロシアの富豪が持つ別荘に一同を閉じ込め、決まった時間に決められた分量だけフランス語による原文を渡し、翻訳作業を進める。原稿は作業時間の終了とともに回収され、翻訳者の手許に残ることはない。翻訳者たちは翻訳書が同時刊行される予定の3カ月先まで、外部と連絡を取ることは禁じられる。
 出版社社長のエリック・アングストローム(ランベール・ウィルソン)が主導するこの計画に反感を持つ翻訳者もいたが、金銭的事情、或いは歴史的な名著の翻訳に携わることの出来る名誉ゆえに参加を決意する。
 一同は図書室やレクリエーション・ルームも完備した別荘で粛々と翻訳作業に勤しんでいたが、エリックのもとに脅迫メールが届いたことで、事態は一変する。翻訳の進んだページが一部、既にネットに流出しており、指定された口座に入金がなければ続く100ページも公表する、という趣旨だった。その文面には、翻訳者たちが別荘内で歓談している際に触れた歌詞がそのまま引用されていたのだ。
 脅迫犯は翻訳者たちのなかにいるのか、いるとすれば、通信手段のないこの部屋からどのように原稿を流したのか? エリックは翻訳の継続を促しながらも、翻訳者たちへの監視を強化するが――


[感想]
『ダ・ヴィンチ・コード』で知られるダン・ブラウンが『インフェルノ』を刊行する際、実際に本篇と似たような処置が執られたらしい。つゆも内容が漏れないよう、一部の国の翻訳家を集めて執筆させたという。むろん、その作品の出版に際して事件は起きておらず、本篇はあくまでフィクションに過ぎない。
 情報を与えていなくとも、本篇を実話と捉えるひとはまずいないだろう。話が不自然、というのではなく、スマートな語り口とヒネリの効いたプロットが、作品として洗練されすぎている。実話と捉えるには泥臭さ、強すぎる人間味が抑えられており、人物が良く出来た“パーツ”のように映る。
“パーツ”のよう、と書くといささか否定的なニュアンスが出てしまうが、私はそれこそ本篇がミステリ・サスペンスであることを大前提に磨かれた証拠である、と思う。
 序盤から不穏な雰囲気を漂わせつつも、いったい何が起こるのか解らない。だが、版元への脅迫が届いたところから急激にサスペンスの色合いを増していく。門外不出のテキストを流出させたのは誰なのか。本文に接したことがあるのは版元と一堂に会した翻訳家だけであり、流出させたとすればこの面子のなかに犯人はいるが、監禁状態でどのように外部へアクセスしたのか。互いへの疑心暗鬼を募らせながらも、来る出版予定のために翻訳作業を止めることは出来ない。不可能犯罪をテーマとしたミステリの趣に、閉鎖状況での駆け引き、緊張感を描くシチュエーション・スリラーの興味もあって、惹きこまれる面白さがある。
 ただ、手懸かりから理詰めで謎を解き明かす面白さ、というより、ヒネリの効いたプロットで、情報を小出しにして観客を翻弄していくスタイルの面白さだ。なので、謎解きのつもりで観ると、観る側でヒントを解きほぐすより先に事態が進んでしまい、振り回されている感の方が強くなると思われる。しかし、そのヒネリがもたらす驚きが繰り返し仕掛けられているため、シンプルに情報を揃えていく謎解きものでは演出出来ない興奮が味わえる。
 一方で本篇は出版、ひいては創作に携わる者の姿勢を問う要素も籠められている。展開にも絡んでくるためあまり細かいことは書けないのが悩ましいが、歴史に名を残すかも知れない傑作小説と、その翻訳に携わるひとびと、それぞれの創作に対する立ち位置、信念の違いが本篇のなかで大きなドラマを生み出す。謎とそれを巡るスリルを描きながらも、本篇は創作に携わる者の良心を問い、その価値を説こうとする意志を感じさせる。そしてその意志が、様々な要素が結びつき織りなす物語と終着とに、深みのある爽快感をもたらしている。
 終盤、複数の人間が急速に足並みを揃えるあたりはいくぶん出来過ぎの嫌いはあるが、ミステリ・サスペンスとしての面白さに曇りはない。そして、出来過ぎとは言い条、創作に携わる者としての矜恃を窺わせる締めくくりは、多少なりとも作り手の立場にいたことのある人間ならグッと来るはずだ。
 洒脱な発想とひねりの利いた展開、スタイリッシュだがテーマ性もある、優秀なミステリー映画である。


関連作品:
華麗なるアリバイ』/『オブリビオン』/『王様のためのホログラム』/『ラストスタンド
天使と悪魔』/『ミッドナイト・イン・パリ』/『もうひとりのシェイクスピア』/『クリムゾン・リバー2 黙示録の天使たち』/『エンパイア・オブ・ザ・ウルフ』/『スウィッチ(2011)』/『灼熱の魂』/『search/サーチ(2018)』/『THE GUILTY/ギルティ(2018)』/『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密

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