『海辺の映画館-キネマの玉手箱』

TOHOシネマズシャンテが入っているビルの外壁にあしらわれた『海辺の映画館-キネマの玉手箱』イメージヴィジュアル。
TOHOシネマズシャンテが入っているビルの外壁にあしらわれた『海辺の映画館-キネマの玉手箱』イメージヴィジュアル。

英題:“Labyrinth of Cinema” / 監督:大林宣彦 / 脚本:大林宣彦、内藤忠司、小中和哉 / 脚本協力:渡辺謙作、小林竜雄 / プロデューサー:中村直史、小笠原宏之、門田大地 / エグゼクティヴプロデューサー:奥山和由 / 企画プロデューサー:鍋島嘉夫 / 撮影監督&合成:三本木久城 / 美術監督:竹内公一 / 装飾:相田敏春 / 小道具:中村聡宏 / 照明:西表燈光 / 編集:大林宣彦、三本木久城 / ヘアー&メイクアップ:和栗千江子 / 衣装:千代田圭介、浜中美衣 / 録音:内田誠 / 整音:山本逸美 / 音響効果:佐々木英世、伊藤進一 / アクション監督:森聖二 / 音楽:山下康介 / 出演:厚木拓郎、細山田隆人、細田善彦、吉田玲、成海璃子、山崎紘菜、常盤貴子、高橋幸宏、小林稔侍、中野章三(中野ブラザーズ)、ヤニック、武田鉄矢、村田雄浩、稲垣吾郎、浅野忠信、渡辺裕之、片岡鶴太郎、南原清隆、品川徹、入江若葉、伊藤歩、寺島咲、尾美としのり、柄本時生、蛭子能収、根岸季衣、渡辺えり、有坂来瞳、ミッキー・カーチス、手塚眞、犬童一心、星豪毅、金井浩人、本郷壮二郎、川上麻衣子、大森嘉之、大場泰正、長塚圭史、満島真之介、窪塚俊介、中江有里、白石加代子、笹野高史、犬塚弘 / ナレーション:広中雅志、綿引さやか / 製作プロダクション:PSC / 配給:Asmik Ace
2019年日本作品 / 上映時間:2時間59分 / PG12
2020年7月31日日本公開
公式サイト : https://umibenoeigakan.jp/
TOHOシネマズシャンテにて初見(2020/08/06)


[粗筋]
 広島・尾道の海沿いにある映画館《瀬戸内シネマ》が閉館の日を迎えた。支配人の杵間(小林稔侍)が組んだ最後のオールナイトは、戦争映画特集。長年の常連や、映画にさほど親しんでいない子供たち、更には宇宙で生活しているファンタ・爺(高橋幸宏)もあえて地上に降り立ち足を運んでくれた。映画館の外では大雨が降りしきる中、上映が始まった。
 途端、場内に現れた女子高生・希子(吉田玲)が生演奏に合わせて歌い始め、気づくとスクリーンのなかで踊っていた。希子に想いを寄せる馬場鞠男(厚木拓郎)、映画の知識を吸収しようと考えていた鳥鳳介(細山田隆人)、ヤクザに憧れる寺の息子・団茂(細田善彦)もまたいつの間にかスクリーンのなかにいて、物語の一部になっていた。
 幕末の志士たちや千利休、剣豪宮本武蔵に会津の白虎隊、更には第二次世界大戦のまっただ中まで、様々な時代に繰り広げられた戦争を間近で目撃し、そのたびに人死にを目撃し“観客”の無力を味わわされる3人。やがて彼らは、1945年8月の博まで公演を行う桜隊のひとびとと遭遇する。成り行きで公演に役者として参加することになった3人は、史実通りなら、8月6日に犠牲となる劇団員達を救おうと試みるが――


[感想]
 提示された粗筋などから、なんとなくこんな感じのストーリーで、こんな風に展開するのだろう、と、予想するつもりもなく思い浮かべて劇場に足を運んだのだが、上映が始まるなり、いきなり迷子に似た心境になった。これはいったい、何を観ているのだ?
 冒頭、完全に観客に語りかけながら、本篇に登場しない謎の人物ヒントン・バトルに対するお礼の言葉を挟む、というくだりだけでも困惑するに充分だが、いざスクリーンに役者が登場して芝居が始まっても困惑は止まらない。なにせ最初に語りかけてくるのはファンタ・爺と名乗る、宇宙船で生活する男だ。船内を観賞魚が漂い、窓外の宇宙空間に様々な物体、映像が行き交うなか、オープニングと同じトーンで語られる、様々な思索。
 ようやく物語が大林監督作品の郷里とも言える尾道に降りてきても、この不思議な語り口は止まらない。絶え間なく誰かが喋り、モノローグが挿入され、突如として画面の色調が変わったり、違和感の強い合成が随所で施される。その留まるところを知らない不思議な語り口は、いったいどこまでが現実なのか、どこからどんなタイミングでスクリーンの中の物語に入り込んでいったのか判然とせず、観客はまさしく迷宮のなかに投げ込まれたような心地を味わわされる。
 本篇から何よりも強く感じるのは、大林宣彦監督が自信の脳内に溢れるイメージを可能な限り余すところなく作品に詰め込もうとした圧倒的情熱だ。閉館直前の古い映画館にかけられる往年の傑作たちのイメージに現代の俳優を填め込んだ、ロマン溢れる空想を出来るだけ形にして、現代のスクリーンに投影しようとした。その想いが何よりも先行していて、恐らくは辻褄合わせもさほど気に留めていない。新撰組が血で血を洗う死闘を繰り広げている、その襖一枚隔てたところで千利休が茶を点てていたり、坂本龍馬と西郷隆盛、更には大久保利通が同じ部屋にいて奇妙に寛ぐ様子など、歴史的に見ればあり得ない、けれどそれ故に虚構だからこそ描きうる光景が鏤められていて、まさしく副題通り“玉手箱”のような趣がある。
 ストーリーは二の次にしたその語り口故に、正直なところ中盤ではいささか退屈になってくるのだが、面白いことに、それでも次第に監督が籠めようとしたメッセージが克明になってくるにつれ、目が離せなくなる。
 まるで前衛絵画のような作りをした本篇だが、メッセージ自体は恐ろしく平明だ。作品に滲むのは、100年以上にわたって幾つも作られてきた映画が、平和を作ることが出来なかったことへの悔恨と、その望みを未来に繋げようという直向きな想い。本篇はそれを、映画館を訪れた観客の心に植え付けようとしている。
 近年しばしば、実際の歴史をあえて改変して、願望充足のカタルシスを味わわせる手法を用いた作品が登場している。だが実際に起きたことは現実には覆しようもなく、たとえば坂本龍馬は近江屋事件で暗殺され、千利休はいちどは寵を受けながらも最終的に豊臣秀吉によって切腹を命ぜられる。白虎隊は会津が陥落したときを誤解して自害した。本篇はそうして、いつの時代にも繰り返される争いと、それ故に命を落としていくひとびとの姿を点綴し、既に起きてしまったことを変えられない無力感を“劇中の観客”たちに印象づけていく。その先に、広島のひとびとが目を逸らすことの出来ない“原爆投下”という悲劇があれば、回避を試みたくなるのも道理だろう。あくまでもフィクションであり、劇中に観客が闖入する、というシチュエーションを整えた本篇のなかには、史実と異なる最期に“観客”が関わる場面もあって、自由奔放に好きな場面を織り込んでいるかに見える展開ながらお膳立ては出来ている。
 その顛末は、これからご覧になる方がご自身で確かめていただきたいが、恐らくそこで味わう感情は、本質的にそれまでの出来事に対する感情と大きく変わらないはずだ。ただ、その想い、監督が籠めようとした願いが、より力強く迫ってくる。ある人物のクライマックスにおける選択が一見奇妙に見えるかも知れないが、それもまた、本篇の持つメッセージをより強めている。
 本篇はひたすらに、どうか、私たちが参加するこの“現実”という名の映画が、ハッピーエンドでありますように、という切なる願いで出来ているのだ。最期の最期まで、映画の持つ力を信じ、これからもその物語を生きるひとびとに希望を託そうとしたこの作品を、嫌いになれる映画好きはそうそういないだろう。メインを張る役者たちの拙さも、合成の多分に狙いも含まれた粗さも、もはや愛おしく映ってしまう。


関連作品:
転校生』/『転校生 さよなら あなた』/『異人たちとの夏
山形スクリーム』/『検察側の罪人』/『20世紀少年<最終章>ぼくらの旗』/『鉄道員(ぽっぽや)』/『私は貝になりたい(2008)』/『クソ野郎と美しき世界』/『壊れた心』/『GROW~愚郎~』/『L change the WorLd』/『クヒオ大佐』/『カーテンコール』/『魍魎の匣』/『鷹の爪7~女王陛下のジョブーブ~』/『一度死んでみた』/『テルマエ・ロマエ』/『鬼談百景』/『サバイバルファミリー』/『ロボジー』/『引っ越し大名!』/『ヘブンズ・ドア』/『細雪(1983)』/『マスカレード・ホテル
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コメント

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  2. […] 関連作品: 『トランセンデンス』/『ウルヴァリン:SAMURAI』/『ミッドウェイ(2019)』/『沈黙-サイレンス-(2016)』/『海辺の映画館-キネマの玉手箱』/『ジャックと天空の巨人』/『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』 『プロミスト・ランド』/『WATARIDORI』/『HOME 空から見た地球』 […]

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