『見知らぬ乗客(1951)』


『見知らぬ乗客』Blu-ray Disc(Amazon.co.jp 商品ページにリンク)。

原題:“Strangers on a Train” / 原作:パトリシア・ハイスミス / 監督&製作:アルフレッド・ヒッチコック / 脚本:レイモンド・チャンドラー、ツェンツィ・オルモンド / 脚色:ウィットフィールド・クック / 撮影監督:ロバート・バークス / 美術:テッド・ハワース / 編集:ウィリアム・H・ジーグラー / 特殊装置:H・F・コーエンカンプ / 音楽:ディミトリ・ティオムキン / 出演:ファーリー・グレンジャー、ルース・ローマン、ロバート・ウォーカー、レオ・G・キャロル、パトリシア・ヒッチコック、ローラ・エリオット(ケイシー・ロジャース)、マリオン・ローン、ジョナサン・ヘイル、ハワード・セント・ジョン、ジョン・ブラウン、ノーマ・ヴァーデン、ロバート・ジスト / 配給&映像ソフト発売元:Warner Bros.
1951年アメリカ作品 / 上映時間:1時間41分 / 日本語字幕:?
1953年5月9日日本公開
2015年12月16日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon]
Blu-ray Discにて初見(2020/11/12)


[粗筋]
 アマチュア・テニス選手のガイ・ヘインズは、メトカーフに向かう列車の中で、ひとりの男に話しかけられる。ガイのファンだ、というその男、ブルーノ・アントニーはガイを食事に誘ってきた。
 酒が進むと、ブルーノは異様な提案を持ちかけてきた。ブルーノは資産家に生まれたが、父は彼を軽視し、財産を与えようとしない。出来るものなら自分の手で父を殺したい、と考えていた。しかし、自ら手をかければ、必然的に自分が疑われてしまう。ならば、それまで見ず知らずだった赤の他人と標的を交換、自分がその他人が排除したい人間を殺し、代わりにブルーノの父を殺してもらえばいい。ブルーノはその役割を、ガイに求めてきたのである。
 ガイにはミリアム(ローラ・エリオット)という妻がいるが、とうの昔に関係は冷え込んで別居状態にある。テニス選手として頭角を現したことでガイは新たに上院議員の娘アン・モートン(ルース・ローマン)という恋人を得るが、彼女と結ばれるためには、ミリアムに離婚を承諾させねばならなかった。このとき列車に乗っていたのも、メトカーフにいる妻と話し合うためだったのだ。
 とはいえ、殺人などもってのほか、とガイはブルーノからの提案を一笑に付す。しかし、久しぶりに会ったミリアムは、離婚の申し出を拒絶した。テニス選手として著名になったガイの妻、という地位を手放したくなくなった、というのである。しかもミリアムは現在、お腹に新しい命が宿っている、と言う。妊娠中の妻を捨てて新しい恋人に走れば醜聞になる、とミリアムはガイを脅すのだった。
 アンに経過を報告するときは激情に駆られ「ミリアムの首を絞めたい」と口走ってしまったが、むろん本気ではない。しかし、ガイに連絡を取ったブルーノは、彼に承諾を得ることなく、計画を実行に移す。
 遊園地でミリアムが殺された、という一報に、ガイは慄然とする。「警察に通報する」とブルーノに宣告するが、そうすればガイも共犯者として捕まる、と仄めかし、早くブルーノの父を殺すよう促した。
 警察ではミリアム殺害の容疑者として、ガイに目をつける。絶えず監視される一方、大胆に接近し、計画の遂行を要求するブルーノに、ガイは神経をすり減らしていく――


『見知らぬ乗客(1951)』本篇映像より引用。
『見知らぬ乗客(1951)』本篇映像より引用。


[感想]
 サスペンスの巨匠アルフレッド・ヒッチコックが、『太陽がいっぱい』でも知られるパトリシア・ハイスミスの小説を、ハードボイルド小説の大家であるレイモンド・チャンドラーの脚色により映画化した作品である。
 ――が、実のところ、レイモンド・チャンドラーの書いた脚本はどうやら採用されなかったらしい。作品に対する意見が異なり、出来映えに不満を持ったヒッチコックは撮影と並行して他の脚本家に書き直させていたという。映像ソフトに同梱された映像で研究家が語っているとおりなら、恐らくチャンドラーの書いたテキストはほぼ使われていない、と考えられる。クレジットに残っているのは、いまも昔も変わらない、契約上の都合によるものだろう。
 実際、本篇を鑑賞してみると、チャンドラーらしさはほとんど感じない。同じくチャンドラーが脚本に携わった『深夜の告白』には感じられた独特のウイットや情感は窺えず、ストーリー的にも趣が異なる。いちおう作品には緊張感と共にユーモアも細かく鏤められてはいるが、それは過酷な現実を題材にしてもなお矜持と情緒を守っていたチャンドラーのイメージとは異なるものだ。故に、フィリップ・マーロウの探偵譚のような味わいを期待すると確実に失望する。
 しかし、さすがにヒッチコック監督作だけあって、サスペンス映画としての味わいは充分に堪能出来る。冒頭の、足許だけで中心人物ふたりの個性を描き分ける巧さに、品性を窺わせつつ不穏なものも織り交ぜた絶妙な会話。そこからブルーノが不気味に暗躍をはじめ、じりじりと心理的に追い込まれていくガイ。
 明確な暴力描写は、ミリアム殺害の場面くらいのもので、あとは秘密や疑惑を孕む者同士の駆け引きだけで展開するのに、終始スリリングだ。随所で覗かせるブルーノの狂気、彼によって仕込まれた剣呑な小道具や事件がもたらす悲劇の気配。緻密な仕掛けと、それを巧みに活かした演出で、観客の気をまったく逸らさせない。
 この作品で特に注目すべきは、終始物語を動かし続けるブルーノというキャラクターだろう。登場時点ではやや馴れ馴れしすぎる印象こそあれ、決して危険人物には見えない。身なりは整っており、振る舞いにも育ちの良さが感じられるが、言葉の端々に世間知らずの一面が覗き、犯行計画を持ちかけた段階でそれが一気に露わになる。そうしてその狂気を明確にしたあとは、人混みに紛れていてさえ隠し得ない危うさを滲ませた、一種モンスターめいた存在感を発揮する。基本的に表情は笑ったままなのがなおさらに不気味だ。
 と、この辺りまでならヒッチコックらしい傑作、と言い切れるのだが、個人的に惜しまれるのはクライマックスだ。お膳立てはきちんと行われているし、趣向として非常に映画的で迫力も充分なのだが、それまでの心理的な緊迫感に溢れた描写のあとにしてはあまりにも乱暴に過ぎる、と感じてしまう。このくだりを経たあとのやり取りではふたたびブルーノという人物の特異性をうまく際立たせてはいるけれど、やはりクライマックス全体に唐突の感は否めない――制作から70年近く経った現在の感覚からすると、この事態を招くのがあのひとたちだ、というのも引っかかる点ではあるが、そこはまあ、時代的にはまだまだあり得る展開と捉えられていた、と許容すべきなのだろう。
 末尾に触れた点を含め、時代的な古さのほうが強く意識されてしまうきらいはあるが、既にヒッチコックの職人芸が窺える、端正なサスペンスであることは間違いない。私にはどうしても触れざるを得ない部分だったため、冒頭でチャンドラーの名前に触れたが、むしろそれは考慮から外してもらったほうが楽しめるはずである。


関連作品:
レベッカ』/『裏窓』/『めまい(1958)』/『北北西に進路を取れ』/『サイコ(1960)』/『
太陽がいっぱい』/『キャロル』/『深夜の告白』/『ロング・グッドバイ
情婦(1957)
天国と地獄』/『シャレード』/『オリエント急行殺人事件(1974)』/『サブウェイ123 激突

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