『女王陛下のお気に入り』

TOHOシネマズシャンテが入っているビル外壁に掲げられた看板。

原題:“The Favourite” / 監督:ヨルゴス・ランティモス / 脚本:デボラ・デイヴィス、トニー・マクナマラ / 製作:セシ・デンプシー、エド・ギニー、リー・マジデイ、ヨルゴス・ランティモス / 撮影監督:ロビー・ライアン / プロダクション・デザイナー:フィオナ・クロムビー / 編集:ヨルゴス・モヴロプサリディス / 衣装:サンディ・パウエル / ヘア&メイクアップ:ナディア・ステイシー / 音響:ジョニー・バーン / 出演:オリヴィア・コールマンエマ・ストーンレイチェル・ワイズニコラス・ホルト、ジョー・アルウェン、ジェームズ・スミス、マーク・ゲイティス、ジェニー・レインスフォード / エレメント・ピクチャーズ/スカーレット・フィルム製作 / 配給:20世紀フォックス

2018年アイルランド、イギリス、アメリカ合作 / 上映時間:2時間 / 日本語字幕:松浦美奈 / PG12

第91回アカデミー賞主演女優部門受賞(作品、監督、オリジナル脚本、助演女優、撮影、美術、編集、衣裳部門候補)作品

2019年2月15日日本公開

公式サイト : http://www.foxmovies-jp.com/Joouheika/

TOHOシネマズシャンテにて初見(2019/2/21)



[粗筋]

 アン女王(オリヴィア・コールマン)治世のグレートブリテン王国は、フランスと長い戦争のなかにあった。前線のモールバラ卿ジョン・チャーチル(マーク・ゲイティス)の奮闘により大きな勝利を収め、アン女王のご機嫌は大変麗しい。モールバラ卿の妻であり、女王とは幼少時代からの親友であるサラ(レイチェル・ワイズ)と共に勝利の美酒を味わっていた。

 このまま更に追撃するべきか、民に犠牲を強いず講和を提案するか、で揺れる宮殿に、ひとりのみすぼらしい姿をした女性が転がり込んできた。彼女、アビゲイルヒル(エマ・ストーン)はサラの従姉妹にあたるれっきとした上流階級の出だが、父親がゲームの賭け金により没落、娼館送りになりかかったところで従姉妹に救いを求めに来たのだ。

 アビゲイルが召使いとして雇われてのち、アン女王が持病の痛風の発作を起こす。腰痛が治まっても脚の腫れはなかなか引かず、苦痛に呻いていると、アビゲイルはこっそりと女王の寝室に入り、自ら配合した薬草を幹部に塗布した。現場を目撃したサラがいちどは追い出し罰を命じるが、アン女王の痛みが引いたことを知ると、罰を止めさせ、アビゲイルを侍女に昇格させた。

 議会ではいよいよ、戦争継続か講和か、で激しく紛糾していた。野党であるトーリー党の代表ハーリー(ニコラス・ホルト)は戦争の継続が経済的な大損失に繋がっていると主張、早い講和を訴えるが、サラは弱腰こそ戦争には禁物、と更なる攻撃を主張していた。病気がちな女王に代わって執務を担うことも多いサラは自らの立場を利用して、同調するホイッグ党ゴドルフィン(ジェームズ・スミス)ら戦争推進派を後押しし、強引に戦争継続へと導こうとしている。

 そんななか、夜更けに女王の書庫で本を漁っていたアビゲイルは、寝室で同衾するアン女王とサラの姿を目撃する。ふたりは友情という表現では足りないほど、親密な行為に及んでいた。

 アビゲイルは自身とは又従兄弟の関係であるハーリーから、女王やサラの動向について教えて欲しい、と請われても、恩義のある方を裏切ることは出来ない」と突っぱね、サラにも同様に報告したが、却って「双方と組む気ではないの?」と疑いをかけられる。

 サラの疑念は、ある意味で正鵠を射ていた。この頃から次第に、アビゲイルはアン女王に急速に接近していくのだった――

[感想]

 上流階級の本質は、見た目の華やかさほどお上品ではない。渦巻く欲望や憎悪、権謀術数を描いた作品も少なくないが、本篇ほど生々しい欲望を露骨に暴き立てた作品も珍しいのではなかろうか。

 女王は強大な実権を握っているが、政治に関心があるようには移らない。現在進行形でフランスと戦争しているさなかだが、実際の戦況を把握している様子もない。彼女にとっては、病がちでままならないながらも、欲望を満たすことのほうが優先事項のように映る。

 そんな彼女の無関心に乗ずるかのように、王としての強権を操るのは、幼少の頃から女王と親しく交わり、長じてなお側近を務めるサラだ。女王の振る舞いを遠慮なく諫め、病身の女王に代わる名目で望むままに政策を決定する彼女は一見ふてぶてしく映るが、しかし随所で見せる女王への献身ぶりに繕った印象はない。政治的には強硬派と映るが、女王との関係には特異な緊密さが窺える。

 そこにアビゲイルという人物が加わることで、物語は激しく転がり出す。みすぼらしい身なりで現れると、早々に馬車から転落したり女中に虐げられているさまは哀れを誘うが、しかしその行動は極めて逞しい。宮殿に自ら乗り込んでいったことから始まり、女王の歓心を得るため居室に侵入して薬草を塗ったり、責められたことを強調するために自らの顔を分厚い書籍で殴ることも厭わない。貴族から落魄した彼女が地位を恢復するためにはなりふり構っていられないのも、時代を思えば当然なのだが、その執念は観ている者を慄然とさせる。

 そんなアビゲイルが絡むことで、女王とサラの関係性はさらに生々しさを増す。序盤から過剰な親密さは露わだが、アビゲイルが深夜の密会を目撃したあたりから、彼女の策によって嫉妬、執着もまた露骨になっていく。アビゲイルが着実に女王の感心を買い、密接になっていくに従って表出する感情模様は、まるでひとりの男を奪い合う闘争のようだ。

 しかも女王が、サラとアビゲイルの対立を理解しながらも意識的に煽っている。そのことを悟ったサラの追求すら興がっている態度を示すのだ。そこには、サラへの報奨として宮殿をひとつ建てることも許された強大な権力を備えながらも、並大抵のことでは刺激を感じられない、権力者ならではの懊悩も垣間見える。それが下手をすれば国を揺り動かすほどの影響をもたらす、というのを知ってか知らずか、女ふたりの相剋を楽しんでいるような節さえある。

 表面的には宮廷ものらしく、優雅な暮らしぶりや贅を凝らしたパーティーの場面、そして厳粛な議会の様子も描かれている。しかしそこでの言動にしばしば、裏での関係性や生々しい心情が介入し、異様な反応や展開を導いている。政治的意図も多分に含まれているはずのパーティーや、政治そのものである議会の状況が、まるで痴話喧嘩のひと幕のように映り、卑近なもののように感じられる。

 宮廷といえど、営むのはしょせん同じ人間なのだ、という表現とも取れるが、むしろ意識的に現代の人間に近しいものとして描いているように思う。それを宮廷という、華麗に飾られ、一般的には品性の優れたところ、と認識される世界に放り込むことで、より生々しく際立たせている、とも解釈出来る。

 ひたすら己の欲望に執着する女王、その理解者たらんとしながら親類であるアビゲイルでさえひととして顧みない傾向のあるサラ、そうした魑魅魍魎のひしめく宮廷で生き延びるためになりふり構わないアビゲイル。しばしば目を背けたくなるほどに醜悪だが、彼女たちの振るまいのどこかしらに、みな思い当たる節があるはずである。

 あまりにもおぞましいけれど、それ故に魅せられる。宮廷であればこそ露わになる人間の本性、欲望を、その体液のぬめりすらちらつくほど露骨に描ききった傑作である。

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