『マイ・フェア・レディ』

TOHOシネマズ日本橋、スクリーン6入口に掲示された『マイ・フェア・レディ』上映当時の午前十時の映画祭7案内ポスター。
TOHOシネマズ日本橋、スクリーン6入口に掲示された『マイ・フェア・レディ』上映当時の午前十時の映画祭7案内ポスター。

原題:“My Fair Lady” / 原作:ジョージ・バーナード・ショウ / 監督:ジョージ・キューカー / 脚本&作詞:アラン・ジェイ・ラーナー / 製作:ジャック・L・ワーナー / 撮影監督:ハリー・ストラドリング / プロダクション・デザイン:ジーン・アレン / 美術:セシル・ビートン / 編集:ウィリアム・ジーグラー / 作曲:フレデリック・ロウ / 音楽:アンドレ・プレヴィン / 出演:オードリー・ヘプバーン、レックス・ハリソン、スタンリー・ホロウェイ、ウィルフリッド・ハイド=ホワイト、グラディス・クーパー、ジェレミー・ブレット、セオドア・バイケル、モナ・ウォッシュボーン、イソベル・エルソム、ジョン・ホランド / 初公開時配給:Warner Bros. / 映像ソフト発売元:Paramount Japan
1964年アメリカ作品 / 上映時間:2時間53分 / 日本語字幕:金丸美南子
1964年12月1日日本公開
午前十時の映画祭7(2016/04/02~2017/03/24開催)上映作品
午前十時の映画祭13(2023/04/07~2024/03/28開催)上映作品
2021年7月21日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon|4K ULTRA HD + Blu-ray:amazon]
TOHOシネマズ日本橋にて初見(2016/05/30)
TOHOシネマズ日本橋にて再鑑賞(2023/05/09)

[粗筋]
 ロンドンの下町で花売りをして日銭を稼いでいるイライザ・ドゥーリトル(オードリー・ヘプバーン)は、劇場の傍で商売をしているとき、誰かが自分の口にした言葉をメモしている、と囁かれて激昂する。メモを取っていた男は悪びれることなく、自分は音声学の研究者のヘンリー・ヒギンズ教授(レックス・ハリソン)と名乗ると、イライザの訛りや、周辺の人々の話し方から出身地を指摘すると、美しい英語を話すことこそが階級の垣根を取り払う、と力説した。
 ヒギンズ教授からの施しで懐は潤ったイライザだが、彼の言葉が胸に棘となって刺さり、あくる日、彼の家の門を叩く。美しい英語とやらを学び、真っ当な花屋の店員になりたい、と考えたのだ。
 あまりに態度も振る舞いも野卑なイライザにヒギンズ教授は「もうサンプルは採取した」と素っ気なく接するが、同居人であるピカリング大佐(ウィルフリッド・ハイド=ホワイト)に挑発され、半年後に宮殿で催される舞踏会で素性を悟られないほどのレディに仕立て上げてみせる、と豪語した。
 こうしてイライザはヒギンズ教授の屋敷に滞在し、昼夜を問わず指導を受けることになったが、それはイライザにとってもヒギンズ教授にとっても、想像を超えて困難なものだった――。


『マイ・フェア・レディ 4K Ultra HD+ブルーレイ』

[感想]
 同題のミュージカルを劇場用映画として脚色、アカデミー賞作品賞などに輝き、『サウンド・オブ・ミュージック』や『ウエスト・サイド物語』などと並ぶミュージカル映画の傑作として、また“シンデレラ・ストーリー”のひとつの原型として定着した感のある伝説的作品である。
 ただ、個人的には、この構図を定着させた功績や、たっぷりとミュージカルの醍醐味を堪能させてくれる作りは確かに高く評価出来るものの、ストーリーの構成、という点からはいささか物足りない、という印象を禁じ得なかった。
 育ちの悪いお転婆娘を貴婦人に仕立て上げる、という趣向はいいのだが、作中描かれているのがほとんど発声の習得ばかりなので、これで社交界で通用するのか? という疑問がのっけから頭を離れない。最初の顔見せで失態を犯すのも、こんなやり方をしていたら当然だろう。大きな口を叩くわりには教授の思慮が乏しいので、勢い教授の魅力もどちらかといえばネガティヴな方向からしか発揮出来ていない、と思わせてしまうのは、終盤のロマンスにおいてマイナスとなっていることも看過できない。
 終盤、感情的な軋轢が派手に巻き起こるのだが、それも過程で描くべき部分を台詞や歌の形で急に盛り込んでくるものだから、唐突の感が否めない。1曲の中で多くの状況や心情を盛り込む、という意味では間違っていないのだが、これだけの尺があるのなら、前々から伏線を張っておいたほうが胸に迫るものになっていたはずだ。そうして振り返ったとき、全般に説明や歌がいたずらに長すぎて、肝心の心情を盛り込むタイミングを逃しているのが非常に歯がゆい。これなら、ミュージカル部分を取り除いた『プリティ・ウーマン』や、目指すものを舞妓に変えて翻案した本邦の『舞妓はレディ』のほうがよほど作りは丁寧だ。なまじ、こうした作品を先に観てしまっているからこそ、本篇は余計に物足りなく思えてしまったらしい。
 とはいえ、ミュージカルとしての質は間違いなく高い。台詞から流れるように歌に入り、華やかだがわざとらしさを抑えた巧みな呼吸を保っている。螺旋階段や蓄音機を振り付けに活かしたり、音楽に合わせて演者が一斉に動きを止めたり、と細かな工夫で終始観客の関心を惹き、曲自体は長く全体で見れば無駄に思えても、その場面場面では存分に楽しませてくれる。歌としての聴き応えもたっぷりだ。
 惜しむらくはヒロインであるオードリー・ヘプバーンの歌声がほとんど吹替である、という点で、本人も演じている段階では知らなかったこの事実が遺恨となっているが、しかしそのことを踏まえても、粗野な口を利き無礼な振る舞いをしていた女性が、気づけば社交界に相応しい立ち居振る舞いをするレディに変貌するその様は一見に値する。歌声が差し替えられてしまったことや、ヒギンズ教授役はオリジナルのミュージカルと同じレックス・ハリソンが演じているのに、イライザは何故かジュリー・アンドリュースから変更された、という屈折した事情が評価に影響し、アカデミー賞において主演女優賞でのノミネートを逃してしまっているが、その愛らしい存在感に注目してしまいがちなオードリーが優れた演技力を証明した作品でもある。
 ロマンスとしての昂揚感を味わいたいなら『プリティ・ウーマン』、女性に専門的な教育を施して成長させる、という趣向を掘り下げた、という意味では『舞妓はレディ』、といった具合に、恐らく本篇の趣向をなぞらえた後発作品のほうが、テーマの追求においては優れている。しかし、その原型を完成させたことと、ミュージカルとしての完成度でもって、今後も傑作として賞賛され続けるのは間違いないだろう。

関連作品:
ローマの休日』/『麗しのサブリナ』/『パリの恋人』/『昼下りの情事』/『ティファニーで朝食を』/『シャレード』/『いつも2人で
恋愛準決勝戦
レベッカ』/『アフリカの女王
プリティ・ウーマン』/『舞妓はレディ
サウンド・オブ・ミュージック』/『ウエスト・サイド物語』/『メリー・ポピンズ

TOHOシネマズ日本橋、エレベーター向かいに掲示された『マイ・フェア・レディ』上映当時の午前十時の映画祭13案内ポスター。
TOHOシネマズ日本橋、エレベーター向かいに掲示された『マイ・フェア・レディ』上映当時の午前十時の映画祭13案内ポスター。

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