『細雪(1983)』

細雪[東宝DVD名作セレクション]

原作:谷崎潤一郎 / 監督:市川崑 / 脚本:市川崑日高真也 / 台詞校訂:谷崎松子 / 企画:馬場和夫 / 製作:田中友幸市川崑 / 撮影:長谷川清 / 照明:佐藤幸次郎 / 美術:村木忍 / 衣装監修:斉藤寛 / 編集:長田千鶴子 / 録音:大橋鉄矢 / 音楽:大川新之助 / 助監督:吉田一夫 / 出演:岸恵子佐久間良子吉永小百合古手川祐子伊丹十三石坂浩二岸部一徳桂小米朝江本孟紀小林昭二辻萬長常田富士男、浜村純、小坂一也、横山道代三宅邦子、角田素子、上原ゆかり、三條美紀、根岸明美、新橋耐子、白石加代子細川俊之 / 配給&映像ソフト発売元:東宝

1983年日本作品 / 上映時間:2時間20分

1983年5月21日日本公開

2015年2月18日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]

第2回新・午前十時の映画祭(2014/04/05〜2015/03/20開催)上映作品

TOHOシネマズ日本橋にて初見(2014/12/24)



[粗筋]

 大阪・船場の名家・蒔岡家は、長女の鶴子(岸惠子)が銀行員の辰雄(伊丹十三)を婿養子に取り受け継いでいた。次女の幸子(佐久間良子)も貞之助(石坂浩二)を婿養子に取って蒔岡の名を継ぎ落ち着いていたが、姉妹にとって現在悩みの種は雪子(吉永小百合)だった。

 器量はよく世間の覚えもいいが、それだけにろくでもない家にはやれない、と縁談を選り好みしていた結果、雪子は気付けば三十路を迎えようとしている。昨今は見合いの口も減っていることが、鶴子と幸子には心配の種だった。

 蒔岡家にはもうひとり、妙子(古手川祐子)という末の妹がいる。妙子は6年前、雪子の縁談が進まないために、いい仲だった奥畑(桂小米朝)と駆け落ちを起こし、新聞沙汰になっていた。しかも悪いことに、記者が名前を取り違え、いちどは雪子の事件として報じてしまったのである。訂正は掲載されたが、蒔岡家の醜聞は世間に知れ渡り、そのことも雪子の縁談が不調に終わる一因となっていた。

 妙子は現在、人形作りに没頭し、この世界で生計を立てるつもりでいる。雪子はどうにか伝手を頼って持ち込まれる縁談にもあまり気乗りする様子がない。妹たちに翻弄される姉たちだったが、そんななか、辰雄に東京の丸の内支店への転勤命令が下るのだった――

[感想]

 谷崎潤一郎の代表作を、当時“金田一耕助”シリーズなどで人気を博していた市川崑監督が、オールスターキャストで再映画化したものである。

 冒頭から“金田一耕助”シリーズを彷彿とするタッチでテンポよく描かれるが、殺人や犯罪などはほぼ描かれない――終盤であまれ芳しからぬ出来事があるが、それはあくまで物語のごく一部に過ぎない。本篇が描くのは、日本が戦争に突入していく頃の不穏な社会情勢を背景とする、大阪上流社会に属する四姉妹の姿である。

 この四姉妹、上のふたりと下のふたり、特に末娘とのあいだには、かなりの価値観の断絶が窺える。当時の人数の多い家族関係においては普通だった、上と下とのあいだに年齢の隔たりが大きい構成ゆえに、それぞれが異なる文化に所属しているかのような振る舞いを見せる。

 恐らく、2010年代のひとにとっては、妙子の生き方はそれほど奇異なものには映らないが、由緒のある蒔岡家の本家という立場にある鶴子には長女には嘆かわしく感じられる。幸子はそこまで目くじらを立てていないふうだが、妙子が早く落ち着けるように、と自身も積極的に雪子の縁談を進めようとしている。一方で妙子はこだわる様子もなく、当初駆け落ちまでした奥畑には既に愛想を尽かしていて、“職業婦人”として独り立ちを目論む一方、新しい男と関係を築こうとしている。家柄を守る、という観点からは危険な軽率さだが、しかし現代の人間にはいちばん理解しやすい立ち位置ではなかろうか。

 しかしこの作品においていちばん難しい立ち位置にいるのは雪子である。心配する姉たちと奔放な妹とのあいだに挟まれた彼女は、まるで考えることをやめてしまったかのように自らの意見を口にすることがない。途中、ある縁談がまとまりかけていたときに、こじれる一因となる言動に出てしまうが、劇中では具体的に口にした言葉や会話は描かれず、そこにどんな心情が隠れているのか窺い知ることは難しい。金田一耕助シリーズでヒットを飛ばし、脚本執筆時のペンネームとして“クリスティ”をもじって用いるほどのミステリ愛好家でもあった市川崑監督がこの物語の牽引力となる“謎”として雪子を扱っていたようにも映る。

 実のところ、この“謎”は本篇の中で明確なかたちで解かれることはない。終盤になって姉ふたりの会話に仄めかされるような、シンプルな動機に基づいていた、とも取れるが、しかし並行する描写からは、異なる理由を想像することも出来る。どうしてあんなイメージの回想場面が挿入されるのか。どうして、あのタイミングで彼らは涙したのか。もし私が想像した通りなら、予め知らされるよりも感じ取ったほうが作品に味わいを添えるはずなので、これ以上の仄めかしは避けたい――原作未読ゆえ、どの程度まで原作に忠実なのか、どこまでが原作の意図に添っているのか断言できないのが歯痒いところだ。

 市川監督らしい細かなカメラの切替、インパクトの強い構図など、洒脱な演出はこの少し前まで発表し続けていた“金田一耕助”シリーズに通じている。しかし、いちばんの謎を明確に解き明かさないこともそうだが、本篇では出来事の向こうにある中心人物たちの真意や、彼らに影響を及ぼす社会情勢の変化などを解り易く描くことはしない。時代は戦争へと傾き、蒔岡家が寄り添ってきた大阪船場の文化も変化を余儀なくされているが、それについての感情や意見は少し触れる程度で、大きく採り上げることはない。だが、そうして控えめに描かれるからこそ、迫る苦難の気配が滲み出す。なまじスタイリッシュな演出と季節感に溢れた美しい映像で彩っているからこそ、本篇は物語が湛える物悲しさが、深い味わいとなっているのだろう。市川監督の作風の魅力が発揮された傑作である。

関連作品:

黒い十人の女』/『日本橋』/『悪魔の手毬唄』/『獄門島』/『女王蜂』/『病院坂の首縊りの家』/『犬神家の一族(2006)

たそがれ清兵衛』/『源氏物語 千年の謎』/『まぼろしの邪馬台国』/『転校生 さよなら あなた』/『私は貝になりたい』/『舞妓はレディ』/『大誘拐 RAINBOW KIDS』/『砂の器』/『秋刀魚の味』/『輪廻』/『赤ひげ

東京暮色』/『木曜組曲』/『箪笥』/『アナと雪の女王

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