プレーグ・コートの殺人

プレーグ・コートの殺人 『プレーグ・コートの殺人』

カーター・ディクスン/仁賀克雄[訳]

Carter Dickson“The Plague Court Murders”/Translated By Katsuo Jinka

判型:文庫判

レーベル:ハヤカワ文庫HM
版元:早川書房

発行:1977年07月31日(2003年04月15日付五刷)

isbn:415070404X

本体価格:740円

商品ページ:[bk1amazon]

 ディーン・ハリディは九年間の勘当を解かれ、自殺した兄ジェームズに代わって様々なものを受け継いだ。そのなかに、イギリス有数の幽霊屋敷として知られる“プレーグ・コート”が存在した――ある晩、この薄気味悪い屋敷でジェームズの降霊会を行う運びとなり、ディーンと懇意になったケン・ブレークは、オカルトにも造詣のあるスコットランド・ヤードの警部ハンフリー・マスターズを伴って現場に立ち会う。降霊会の主役たる心霊学者ロジャー・ダーワースは詐欺の疑いがかけられ、彼のまわりには既に警察の監視の目が光っていた。ディーンの伯母で一族の実質的な支配者であるアン・ベニングをはじめとした参会者たちが不気味に立ち回るなか、“プレーグ・コート”の一画にある石室に籠もったダーワースが殺害される。凶器に用いられたのは、先日盗難された絞刑吏ルイス・プレージの短剣とみられたが、密室状態の石室に犯人の姿はない。ダーワースはいったいどうやって殺されたのか? この謎に挑むのは、元英国諜報部長ヘンリー・メリヴェール卿――

 ディクスン・カー名義のフェル博士に対して、カーター名義を代表する探偵役H・Mが初めて登場した長篇である。カーのキャリアにおいても初期作品にあたるが、謎のクオリティと結末の衝撃度はシンプルで研ぎ澄まされている。因縁のある邸宅を舞台に開催された降霊会、そのさなかでの殺人、という定番中の定番というべき素材を用意し、異様な雰囲気のなかで繰り広げられる混乱のためになかなか真相が捉えられない。
 ただ、技巧的に捉えにくいというよりは、構成の整頓が行き届いていないために読み手が充分に状況を把握できない、という側面があるようにも思う。今回作業だイベントだ、とばたばたしているさなかに着手して、細切れにしか読めなかったのも一因にあるようには思うが、“プレーグ・コート”の構造や、降霊会のために用意された仕掛けの状態など、咄嗟に把握しきれず読み流していって追々理解する、ということがままあった。

 一方で、そうして分散して現れていった出来事が瞬く間に結びついていくクライマックスのカタルシスはかなり強烈だ。トリックも真相も発想はシンプルなので、余計にその衝撃が大きい。

 また、解決に当たってヘンリー・メリヴェール卿という我が儘だが変な愛嬌のある人物を配したことも奏功している。後半で明かされる真相はシンプルだが機械的であり、また極端でもあるためにやもすると序盤の濃厚な怪奇色に対して艶消しな印象を齎しかねないが、H・Mの奇矯な言動と事実の提示が交錯することで、終盤まで不気味さを引きずっていく。

『ユダの窓』ほどの牽引力や『三つの棺』のような驚異的に輻輳したトリック、『赤後家の殺人』の猟奇的かつ完成度の高いプロットなどと比べるとやや地味な印象を受けるが、そうしたものをかなりのバランスで配合しており、解説にあるとおり確かに初心者にとっては取っつきやすい名作であろう。

 ひとつだけ、個人的な感覚かも知れないが、訳文でいささか引っかかるところが多かったのが少々残念。

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