『江戸川乱歩全集第18巻 月と手袋』
判型:文庫判 レーベル:光文社文庫 版元:光文社 発行:2004年10月20日 isbn:4334737714 本体価格:933円 |
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21世紀に入って初めての江戸川乱歩作品全集第15回配本。猟奇的趣味に日々を捧げる謎の悪党を道化役にした、戦後では数少ない通俗長篇の異色作『影男』、愛人の夫を殺害してしまった男が必死の計略を試みる倒叙型の中篇である表題作、少年探偵団が盗賊を追う少年向け長篇『灰色の巨人』、魔法博士と少年探偵団が宝物を賭けて知恵比べを行う中篇『黄金の虎』の、昭和三十年に執筆された四篇を収録。
小説を書かない小説家であった乱歩が戦後、いちどだけ旺盛に筆を執った一年に発表された作品ばかりが集められた巻である。が、それは意欲というより義務に駆られた熱意だったようで、四作とも概ね精彩に欠き、乱歩最大の弱点であるマンネリさが特に強調されている。 新保博久氏の解説によってそのマンネリの理由は懇切丁寧に説明されているが、『影男』では大人向け作品のコラージュに、少年向けの二作では第10巻収録の『怪人二十面相』のバリエーションに諸名作のトリックの引用を盛り込んだものに終始しており、新味に欠く。また脈絡にも起伏にも乏しいプロットは恐らく初めて乱歩作品に触れる読者にも模糊とした印象を齎すに違いない。特に私の場合、定期的に乱歩を読むようになった最近に『影男』を創元推理文庫版で読んだばかりでもあり、つまり元もとマンネリであった収録作の半分近いページを朧気ながらまだ記憶していたせいもあって、とりわけ読むのに努力を強いられた一巻であった。 本書をいちばん楽しめるのは、やはり全集で敢えて読もうとするようなコアな愛読者だろう。自ら「私の体臭の最も濃厚なもの」と認める『影男』の随所にある旧作の面影や、開き直ったような『灰色の巨人』のマンネリぶり、またこうした作品群と並行して執筆していた都合からか、パターンを踏襲しながら微妙に異なった設定を用いている『黄金の虎』の試行錯誤ぶりと、類型のはっきりした乱歩作品では珍しく目立った個性のあるノロちゃんの道化っぷり(なんであんないいキャラの出番が最後で無くなるんだろう……)などなど、多くの作品に触れられるからこその楽しみというものがある。そうした点を踏まえた解題や註釈・解説のお陰で書籍としての完成度は非常に高い。 収録作品の出来という意味では、初心者に勧めるには大いに問題のある作品ながら、それ故に全集としての誠意がよく感じられる一冊である。……なんというか、我ながら妙な褒め方ですが。 特別寄稿エッセイは綾辻行人氏。収録作品にはまったく触れていないが、自身の原体験と最近の出来事とを重ね合わせて面白い一文です。これだけのために買え、とはさすがに申しませんが。 |
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