『信玄忍法帖 忍法帖シリーズ(一)』
判型:文庫判 レーベル:河出文庫 版元:河出書房新社 発行:2005年02月20日 isbn:4309407374 本体価格:850円 |
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1962年に雑誌連載のかたちで発表され、未刊で終了ののち1964年に大幅な加筆を経て完成された忍法帖シリーズ第八長篇。講談社文庫などの拾遺を狙って企画された河出文庫版忍法帖長篇シリーズの第一回配本となる。
風林火山の旗を掲げ、剛毅無双で知られる名将・武田信玄も、病魔に抗うことは出来なかった。三方ヶ原の戦いで徳川家康を窮地にまで追い込みながら甲州の軍勢がにわかに退いたのは、信玄の病勢極まったせいである。馳せ参じた息子・勝頼や二十四宿将を前に信玄が残した遺言は、七名の影武者を動員して三年のあいだ彼の死を秘匿し、徳川ら敵対勢力を牽制し、勝頼らの捲土重来を期すること――だが、信玄の謎めいた動向は他国の武将の疑惑を招くことを防げなかった。家康は配下の伊賀者たちを送り出し、信玄の去就を確かめ、存命であれば亡き者にすることを命じる。それを水際で食い止めんとするのは、武田配下の真田源五郎と彼に仕える二名の忍者――この暗闘は、戦国の世にいかな影響を齎したのか……? 忍法帖シリーズはいずれの作品も史実に対する深い造詣を反映し、人物設定に歴史的事実をきちんと埋め込みながら奇想のひねりを施しているが、本書は更にそれを一歩押し進め、実際の歴史のなかに異形の能力者たちの暗闘を埋め込み、宛ら現実の歴史を彼らが形作っていったかのような物語を構築している。 現実に即しているが故に結末が解っている、という設定を用いるのは風太郎忍法帖における常套のひとつだが、それでもなおページを繰る手を止めさせないのがこのシリーズであり、本書など特にそれを徹底しているのに一向に飽きさせないリーダビリティが凄まじい。信玄を巡る顛末は、歴史に通じておらずとも誰しもある程度は知っていることであり、その結末が明白であるにも拘わらず――というよりは、だからこそその結末まで如何に物語を引っ張っていくか、という興味で読まされてしまう。何気なく書いているようでいて計算が透き見えるのだ。 そのうえ、経緯は相変わらず独創的で、意表を衝いた発想に繰り返し度肝を抜かれる。物語は一種短篇連作に似た構成を取っており、毎回新たな登場人物が現れ、そのなかに徳川方の忍者が絡み、或いは紛れ込み、策を弄する。その奇想天外さもさることながら、設定をうまく敷衍した策を更に上位から突き崩していく手管を一篇も休まず繰り返すバイタリティにはただただ驚かされるばかりだ。 ただ、本作の場合に限って言えば、一章ごとにゲスト的な扱いで登場する上泉伊勢守や大蔵藤十郎、風摩大太郎に魅力的で際立つ活躍をしたり存在感を発揮する人物が多い一方で、通して登場する真田源五郎やその配下の猿飛・霧隠両名などが全般に精彩を欠く印象であったことも勿体なく思われる。また、全篇を通じて伏線を張っていたと思しいサプライズが、あっさりと流されてしまったためにやや全体の繋がりが緩く感じられるも残念だ。尤も、後者に関してはそのあっさりとした扱いそのものがラストの無常観を煽っており、他の忍法帖諸作と比べても一風変わった余韻を齎していると感じた。 ほかの作品と比較して読むと嫌味が出てくるが、しかし忍者や傑物たちの際立った個性、ドラマを盛り上げる筆の巧みさは相変わらず絶品。忍法帖を読んだのは久し振りだが、やっぱり飛び抜けて面白い。 解説などによると、河出文庫の本シリーズは講談社文庫などでフォローされなかった長篇を中心に収録していく予定だそうです。仄聞したところによれば、いずれは忍法帖作品中唯一単行本化されていない幻の作品『忍法相伝73』まで収録する計画がある模様。不本意な出来だったとかで作者がかなり晩年まで出版を拒んでいたという経緯があるが、そこまでされると却って読みたくなるのがファン心理。加えて、確かに山田風太郎作品としては一段劣る出来だが、それでも一定の水準は保っているという話も聞きます。そのあたりを確認するためにも、このシリーズには目的を完遂して頂かなければなりません。 そんなわけで、微力ながらお手伝いできれば、と思い、当面このシリーズはなるべく買ったらすぐに感想をアップするつもりです――とは言え前の講談社文庫版のときはあっさり頓挫してしまった私のやることなので、てきとーに見守っていただけると幸い。 ※追記:『忍法相伝73』は正しくは単行本化されてました。が、ある時期を境に復刻されることがなくなっていたために幻も同然と化していたようです。お詫びして訂正いたします……どっちにしても復刻して欲しいのに変わりなし。 |
コメント
『忍法相伝73』は単行本になっています。私は昔、古本屋でそれを見かけたのに、「変なタイトルだな」と思っただけでスルーしてしまったことを今でも後悔しています。
ええと、恵比須ってそんなに遠いですか? 六本木から地下鉄二つ目だし、そんなに僻地って感じもしてなかったんですが、日比谷線は不便なのでしょうか。多分、上野あたりからだと、山手線外回りで行くのと同じくらいです。まあガーデンシネマの場合、駅からまた移動しなきゃならない分ちょっと不便ではありますね。
>滅・こぉるさま
え?! 出てたんですか? それはぜんぜん記憶にありませんでした……連載されたっきりだとばかり。しかし、その遭遇率では私のように古本屋に足を運ぶことがあまりない人間には絶望的なので、やっぱりもういちど出て欲しいところです。
>かずめさま
いやー、これは多分に私の住んでいる場所からの感覚もあるんです。あと、一定の範囲内で映画館が固まっている箇所を幾つか超えたところにあるというのもそう感じる理由のひとつかも。
ちなみに、最近でこそ抵抗はなくなりましたが、未だに六本木も私には遠い気がしてたり……
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Kenji/3592/cho1/sodenlist.html
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ここによれば3回本になっているようです。私が見かけたのは新書サイズだったので、たぶんロマン・ブックス版だと思います。
古書目録で探せばないこともないとは思いますが、読んだ人の話ではかなり微妙なできばえだそうなので、素直に新刊で出るのを待つほうがいいかも。
わたしもそのページで確認しました。まさか三回も……でも70年代以降出ていないのはやはり“幻”も同然ですな。
仰言るとおり、じっと新刊での登場を待ちたいと思います。微妙でもいいの、忍法帖なら(そういう価値観もどうかとは思いつつ)。