『江戸川乱歩全集第25巻 鬼の言葉』
判型:文庫判 レーベル:光文社文庫 版元:光文社 発行:2005年2月20日 isbn:433473832X 本体価格:933円 |
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全集第19回配本となる本書は、『第24巻 悪人志願』(2005年2月現在未刊)に続く随筆・評論集。昭和十一年に発表された、乱歩初の本格的な評論集と位置づけできる表題作に、選集に連載された『探偵小説十五年』、戦後に編纂された『随筆探偵小説』と、戦争を挟んだ時期に発表された文章を収録する。
実質的な先覚者にして、“眼高手低”に悩まされ続けた乱歩らしい、熱意と苦悩に満ちあふれた「評論」集である。あいだに戦争を挟んだ十数年に顕した評論、というより探偵小説に対する思いの丈を綴った文章が蒐められているが、驚くべきはこの時勢にありながらまったく態度が揺らいでいないことだ。説明がなければ、短期間に途切れることなく書きつづった文章をそのまま並べたようにさえ見える。連載をそのまま収めた『探偵小説十五年』はともかくも、表題作と『随筆探偵小説』は先行書にまで触れる手間を省くために重複や同じ趣旨の繰り返しがあるとは言え、そうした手法を取ってもまったく焦点が揺らいでいないのが解る。一部の作品の評価などは再読や時間の経過によって変化している部分はあるが、全体では一貫している。 但し、そのある意味毅然とした姿勢が、本書の場合弱点となっているように思う。読み物として捉えたとき、同じ事をただ何度も繰り返しているようにしか映らず、かなり早い段階で飽きてしまうのである。長篇よりも短篇のほうが風土にも発表媒体にも適していた時代的な問題への憂慮――現代とはまさに隔世の感がある――、当時乱歩が注目していた“本格探偵小説”の書き手への言及、のちに発表される数十年間に亘って日本の推理小説界の指標となった『幻影城』に至る海外の作品群の紹介と研究、などなど、初見では興味深い論説やエピソードが多く含まれているが、どうしてもそれをただ闇雲に繰り返している印象があるのが読み物としての牽引力を削いでいる。同じ趣旨であれば、これらに続く『幻影城』及び『続・幻影城』のほうが内容的にも面白く、資料的にも遥かに充実している。 ただ、面白いと感じようが面白くないと感じようが、確実に大乱歩が“本格探偵小説”にかけていた熱意の程は火傷しそうなくらいにビリビリと伝わってくるのは間違いない。若い作家の感情的な議論を諫め、高いクオリティの創作を志しながら実現することの叶わない自らに対する苛立ちと恥じ入る心持ちを隠さず、しかしそれでも持論を示すことを躊躇わない一貫した姿勢。まさに『鬼の言葉』というタイトルに相応しい執念を感じさせる随筆集であり、やはり乱歩ファンなら多少の苦労は覚悟の上で読んでおきたい一冊だと思う。 なお当然ながら触れているのは概ね古典作品ではありますが、多くの作品についてネタバレを含む言及の仕方をしているので要注意。『ビッグ・ボウの殺人』『アクロイド殺し』『黄色い部屋の謎』など、概ねいまでも古典的名作として語り継がれているものが殆どなので、読まずともとうにトリックや犯人に関する知識を齎されている可能性も大でしょうが、やはりいちど読んでから触れるのがいいように思います――って、そういう私が未だ『ビッグ・ボウの殺人』も『黄色い部屋の謎』も読んでないような…… |
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