『最後の審判の巨匠』
判型:四六判ハード レーベル:晶文社ミステリ 版元:晶文社 発行:2005年3月30日 isbn:4794927452 本体価格:2000円 |
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ヨーロッパを中心に近年再評価されているレオ・ペルッツが1923年に発表した長篇第五作。都筑道夫が紹介し、鮎川哲也も言及していたことから訳出が待たれていた作品である。
1909年、大戦の悪夢を知るより以前のウィーン。ゴットフリート・フォン・ヨッシュ男爵はエデュアルド・フォン・ゴルスキ博士の誘いに応じて俳優オイゲン・ビショーフの邸宅を訪れる。ヨッシュ男爵のかつての恋人であり、いまはビショーフの妻の座にいるディナとその弟フェリックス、そしてエンジニアのヴァルデマール・ゾルグループが集うなか、話題に上ったのは連続する謎の自殺事件。そして、思索に耽るため席を外したビショーフもまた、四阿で自殺としか思えぬ状態で死んだ――恋人を奪われたヨッシュ男爵の復讐を疑うフェリックスと、それを真っ向から否定できないヨッシュを余所に、エンジニアは繰り返される謎の死の背後にいる“怪物”の存在を指摘する。果たして、人心を繰り糸に絡め死へと導く“怪物”など実在するのだろうか……? 奇妙な物語である。鮎川御大や都筑道夫氏が採りあげた、というエピソードからもっと真っ当な本格ミステリを想像していたが、そういう意味ではかなり期待を裏切られるものの、しかしミステリとは異なる知的興奮に充ち満ちている。 とは言いながら、序盤の面白さは謎めいた連続自殺事件に関する考察よりも、語り手であるヨッシュ男爵の妙なダメ人間っぷりであるように思う。妻にするつもりだった女性にはいつの間にか裏切られ、ただ偶然居合わせただけのはずの事件でそのかつての恋人の弟に犯人と疑われ、そんなはずはないのに実際にやったかも知れない、と疑心暗鬼に駆られ、疑いを晴らすために行動を起こしてもその都度エンジニアに先んじられて落ちこむ……と、傍目にも痛々しいぐらいの駄目っぷりが妙な同情と親近感を呼び起こす――いや私自身がそうだとか言っているのではなく、こうした謎解き小説にありがちな語り手の居丈高な態度がないというだけで、随分と視点が読み手に近づいているように感じられるのだ。 それでも綴られていることのなかにはかなり衒学的なものも多いし、一見突拍子もない真相には当時としてはかなり先進的な科学知識が盛り込まれており、叙述で誤魔化してはいるが筋書きは論理的だ。疑惑の動きや登場人物の配置も、いわゆる文学作品と比較してかなり能動的で絶えず興味を惹きつける。晦渋でありながら必要以上にその難解さを意識させない技術も傑出している――尤もこの辺は程度の問題であって、娯楽作品でも文学作品でも馴染みの薄い人にはきついことは変わらないだろうけれど。 珍しいのは、これほどまでに構築された論理をクライマックスで思わぬ方向へと覆してしまう点である。ミステリ愛読者としては卓袱台返しにも等しいラストに甚だ困惑させられるのも事実だが、そうすることで幻想性と論理性のバランスを更に向上させているのも疑いようがない。娯楽性の高さと幻想性・論理性の調和がいわゆる本格ミステリのひとつの様式美に接近しているだけにそういう期待を抱かされてしまうからこその弊害だが、過剰に謎解きを意識しなければその面白さが素直に堪能できるのではなかろうか。その上で、いちど読んだあとに丹念な伏線の妙技と物語のバランス感覚を楽しむべき作品であろう。 280ページ強の本書だが、後半の30ページ以上を「ペルッツ問答」と題した作者の略歴と代表作の紹介、そして本編のテーマについての解説に費やしている。本編だけであれば狙いの掴みにくいところを巧く採りあげており、初心者への門戸を拡げている点で本書の価値を更に高めている。ただ、主題を解説しているために、読みようによっては本編の仕掛けに察しがついてしまうので、本編を読んだあとで目を通されることをお薦めします。更に訳者である垂野創一郎氏のサイトには作中のこんがらがったタイムテーブルの解説や校訂の方針についての説明も掲載されているので、読了後併せてそちらを参照するのも一興。 |
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