ルパンの消息

ルパンの消息 『ルパンの消息』

横山秀夫

判型:新書判

レーベル:KAPPA NOVELS SPECIAL

版元:光文社

発行:2005年5月25日

isbn:4334076106

本体価格:876円

商品ページ:[bk1amazon]

 平成二年十二月八日、警察廻りの記者も招いての忘年会の席に、密かに急報が送られた。十五年前に発生した女性教師の“自殺”事件が実は他殺であった、という情報が警視庁に届いたのである。拙劣な検死報告から割り出される時効までの残りは約二十四時間。情報によれば、犯人である疑いが濃厚なのは、被害者となった女性教師・嶺舞子の勤務する学校の生徒であった喜多芳夫、竜見譲二郎、橘宗一の三人である。事件当夜、三人が学校を舞台に繰り広げられていた“ルパン計画”なるものが深く関わっているという。あれから十五年、別々の道を歩んでいた三人のうち、まず喜多と竜見が召喚され、それぞれに“ルパン計画”の内容を語りはじめる。ホームレスとなり消息の掴めない第三の男・橘や、喜多らの話の中で描かれる被害者・嶺舞子の奇矯な言動、そしてその周辺にちらつく謎の影……間近に迫った時効に追い立てられながら、捜査陣は十五年という時間の壁に挑む――

 本書は横山秀夫氏が松本清張賞を受賞する以前、1991年に今は亡きサントリー・ミステリー大賞の佳作を獲得しながらも未刊のままだった作品に加筆訂正を施したものだという。基本的なプロットに手を入れることなく、しかし物語としての膨らみを増すことに腐心したという本編、そう語るだけあって『臨場』と比較すると実に筆運びが粗い。同じ節で複数の視点が絡む整理の甘さ、やたらと多くの登場人物が入り乱れる解りづらさがあり、序盤は話の流れを掴むのに手間取る。人物造型も現在と比べるとまだ稚拙で、特に昭和五十年の事件に登場する人々の個性は一様に刺々しく、かなり痛い。

 しかし、作中語られる“ルパン計画”と、当時自殺だと捉えられた事件との微妙な繋がり具合が浮かび上がってくると、俄然興趣が増す。墜落死と考えられていた屍体が当初まったく思わぬところで発見されていた事実、女性教師とは思えぬ被害者の言動、計画や殺人事件そのものには関わっていないと考えられていた周辺の人々の謎めいた行動……多くの人間の思惑が絡みあい、重層的になっていく事件の構造は、堂々たる“推理小説”の風格がある。

 敢えて事件を十五年後に語らせることで、登場人物たちのその後の人生と二重写しになっていく構成の妙もある。そこへ更に当時、やはり作中の現在と同じく刑事事件としての時効を迎えつつあった三億円事件をも交えて描き、生々しい膨らみを齎している。三億円事件の扱いそのものには決して新味はないが、あくまでフィクションとしての輪郭にリアリティを付与する材料と割り切って採り入れている姿勢が頼もしい。

 解き明かされていく謎には少々生硬さとか人工的な匂いが強く、幾分わざとらしさを禁じ得ないのも正直なところだが、しかしその後の生き様に直結するように紐解かれていく真相が静かに、力強く迫ってくる最終章は、わざとらしさを差し引いても読み応えが充分にある。ちょっと盛り込みすぎの嫌いもある捜査陣らの解決直後の様子も、登場人物ひとりひとりを極力なおざりにしない、という姿勢が窺われて、妙に好もしい。

 プロットまで含めていかにも若書きという印象が色濃く、拙さが目につくが、そこを敢えて温存したまま提示した潔さに、作品に対する愛着と自信とが垣間見えるが、それも納得の力の入りようである。まだ拙いとは指摘したが、人物造型に拡がりを持たせようとする態度や謎解きとドラマ性とを両立させたプロットの組み方に既に現在の作風の片鱗が覗くのも面白い。

 作中時間からきっちり十五年――つまり三度目の時効間際に出版されたというのもなかなか粋な試みだ。いつ読んでも充分に楽しめる作品だと思うが、気になる方はなるべく今年中に読まれることをお薦めします。もっと凝りたいのなら、十二月あたりにどうぞ。

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