空高く

空高く 『空高く』

マイクル・ギルバート/熊井ひろ美[訳]

Michael Gilbert“Sky High”/translated by Hiromi Kumai

判型:文庫判

レーベル:ハヤカワ文庫HM

版元:早川書房

発行:2005年8月15日

isbn:4151756515

本体価格:860円

商品ページ:[bk1amazon]

『捕虜収容所の死』を契機に日本にて評価の気運が高まっているマイクル・ギルバートが1955年に発表した長篇第五作。

 イギリスの田舎町プリンバレーには退役軍人やその家族が沢山暮らしている。この地の教会に結成された聖歌隊である日、困った問題が発生する。練習の直後、教会の献金箱がこじ開けられ、金が盗まれたのだ。素行の悪い子供が疑われたり、いちばん最後に教会をあとにした若者に疑惑が向けられたり、と厭な空気の流れるなか、しかし更にとんでもない事件が発生する。聖歌隊にも所属するマックモリス少佐の家が、戦場で用いられるような爆弾で文字通り吹き飛ばされたのだ。聖歌隊で子供達や若い元軍人を指導する未亡人のリズ・アートサイドは、ブリンバレーにて彼女が築きあげた信頼を糧に、爆破事件の謎を探ろうとする。その過程で浮かび上がってきたのは、マックモリスが少佐どころか、長年に亘って地方の豪邸を襲撃しつづける盗賊ではないか、という疑惑だった……

 家が空高く吹き飛ばされる、という惹句に引かれて読んだのだが、事件の派手さで魅せる作品ではなく、アガサ・クリスティーミス・マープルもののような地方の雰囲気と人間関係とを読みどころにした作品であった。そういう意味ではちょっと肩透かしを食った気分になったが、でも充分に面白い。

 物語は大雑把に分けて、聖歌隊の指導を行う未亡人リズ・アートサイドと彼女の息子ティム、ふたりの視点の必ずいずれかで綴られている。リズは警察にも協力を請われたと思いこんで友人のポーリング将軍とともに捜査に乗り出し、ティムはマックモリスが死ぬ直前に救いを求められながらみすみす死なせてしまったという思いから彼の見舞われた危機の正体を探ろうとする。近いようでいて微妙に異なるふたつの“謎解き”があるときは接近し、あるときは離れ、少しずつ一本に結びついていく過程の描き方が巧みだ。同時にリズが未亡人となった背景や、ティムの謎めいた行動についても折々触れて、物語を膨らませている。短めのセンテンスが多いこともあって、リーダビリティが非常に高い。

 主体となる仕掛けは、今となっては却って新鮮なくらいに物理的なものだ。仕掛けについては、事件の解決に有機的に関わっていくような謎解きが行われているわけではないので、正直「ああ、そうですか」程度の感想を抱きそうになるのだが、しかしかなり遅れ気味であるとは言えちゃんと不可能性を演出し、しかもクライマックスに緊迫感を齎しているあたりは巧い。

 書かれた年代もあって、時代背景との絡みやトリックの扱いに古臭さを感じるのは否めないが、しかし全体を通して眺めると、はじめから終わりまで保たれた読み心地の良さ、計算の行き届いた人物描写など、現代的な鋭さをも備えた作品でもある。

 コージー・ミステリに近い、味わいのある人物描写と会話を積み重ねながら、しかしクライマックスにかけての緊張感とその後の和やかなようでいてどこかに不穏さを湛えた結末が印象深い。傑作というには軽めだが、長く記憶に留まりそうな風格を備えた一作だと思う。

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