『いま、殺りにゆきます』
判型:文庫判 レーベル:英知文庫 版元:英知出版 発行:平成18年9月5日 isbn:4754230264 本体価格:600円 |
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もう、誰もが“狂気”から逃れられない――あの作品が絶頂にあった頃、女性を見舞った恐怖を描く表題作はじめ、誰しもに突如として襲いかかるかも知れない、人間の“狂気”の恐怖を綴った実話を36篇収録する。
さきごろ日本推理作家協会賞短篇部門を受賞した著者であるが、実録怪談に対するスタンスを変える気配はなく、この6月と7月だけで都合4冊もの新刊が予定されている。うちの1冊である本書は、『「超」怖い話』のような超常的な恐怖を扱ったものではなく、『東京伝説』で綴られるような、馴染みのある現実から忽然として狂気が吹き出す類のエピソードが集められている。 しかし本書が『東京伝説』と異なるのは、あちらではしばし紛れ込んでくる“ミミズバーガー”に類するような都市伝説的エピソードが排除され、生活のちょっとした死角から狂気を帯びた人間が侵入してくる類のエピソードのみで構成されている点だ。どれほど用心していても忍びこんでくる悪夢を切り取った構成は、裏表紙側の帯に刷られたコピー通り、心臓の弱い方は遠慮した方が賢明であろう。ひたすら痛ましく、ものによっては憤りで胃がむかついてくるほどだ。シリーズが長引きすぎたせいもあって、慣れによる生温さがしばしば感じられるようになった『東京伝説』であるが、本書にそうした緩みはない。 日本推理作家協会賞受賞作家の新作、というアオリに惹かれて読むとかなり痛い目を見る。既に『東京伝説』シリーズなどに親しみ著者の傾向を理解している方、また自らの置かれている状況よりも劣悪な現実に触れて、安心しつつも緊張感を忘れずにいたいという少々屈折した欲求をお持ちの方など、予め“覚悟”が出来る方のみ手に取るよう忠告しておきたい。 それにしても吃驚なのは、タイトルが決してあの大ヒット作にあやかったわけではなく、実際の体験談に基づいていたという点だ。本当にこの世は度し難い。 と、基本的に評価する方向で論じたが、最後に少々苦言を呈したい。本書は基本的に書き下ろし中心で構成されているが、うち7篇だけは『怪奇ドラッグ Vol.1』と題されたムック本に発表済となっている。それ自体は構わないのだが、問題は『怪奇ドラッグ Vol.1』と本書の発売時期が僅か4ヶ月程度と近接していることだ。 この『怪奇ドラッグ』という書籍、平山氏編集という触れ込みで、前述の7篇の他に稲川淳二氏との対談を収録しているが、しかしそれ以外にも多数の記事を収録している。この平山氏が直接関わっていると思しい箇所は読み応えがあるのだが、他のパートがあまりに詰まらない。記者が特に造詣もないまま面白半分で綴ったような怪奇特集記事ばかりで、そうしたものに慣れた眼には踏み込みが甘く、中途半端な態度が許せないようなものばかりだった。 そういう不出来さに目を瞑って購入、すべて目を通した読者にしてみれば、僅か4ヶ月程度で平山氏の単著にそちらの掲載作品を収録してしまう、というのはあまり愉快なものではない。確かに、文庫中心であった平山氏の読者にとって『怪奇ドラッグ』の造本は特殊であるためあまり目に留まっていなかった可能性も高いだろうが、寧ろそこまで熱心に追いかけている読者に対して失礼であるとは考えなかったのか。 時代性を強く反映する平山氏の作品であるだけに、発表から単行本収録までにあまり間隔を置いては古びてしまう、という判断があったろうことも想像に難くない。だが、それにしてもこのあまりに早すぎる再掲載は、いささか配慮に欠いたやり方だと思う。 ファンとしては早い新刊の発売を願うのも事実だが、それとて重複や質の劣化を抑えたうえでの望みである。なるべくならば今後はそのあたりにも留意願いたい。……更に言えば、そうして配慮して貰えるなら、『怪奇ドラッグ』のような中途半端な内容にするよりは、本書のように平山氏単独の著書という体裁で出して貰える方が有り難いのだが。 |
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