『怪異実聞録 なまなりさん』
判型:B6判 レーベル:幽BOOKS 発行:2007年6月15日 isbn:978484011868X 本体価格:1000円 |
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『新耳袋』シリーズによって本邦怪談文学の新たなスタンダードを構築した著者が、2日間にわたって行われたインタビューをもとに書き起こした、初の長篇実話怪談。
話者は映像プロデューサーとして活躍する傍ら、沖縄にて修行し私的に退魔師としても活動している伊東礼二。彼が懇意にしていたカメラマン・健治が見初め婚約したのは、白石沙代子という清楚で魅力的な女性であった。傍目に幸せそうなふたりであったが、ひょんなことから健治に執着した双子の美人姉妹・島本鈴江と香奈江が沙代子に対して執拗ないじめを繰り返し、沙代子はとうとう自殺に追い込まれてしまう。だが、彼女の死を境に、島本姉妹は奇怪な現象に悩まされるようになる。やがて新潟にある実家に舞い戻った姉妹だが、それでも怪異は止むどころかいっそう激しさを増していく。伊東は成り行きから御祓いを頼まれ、そうして想像を絶する怪異の目撃者となったのである…… 『新耳袋』の完結からほぼ2年を経て上梓された待望の新刊は、『新耳袋』読者にとって二重の驚きを齎される内容となっている。ひとつは、1冊まるごとがひと続きの体験談のみで構成されていること、もうひとつはその主題が“呪い”“祟り”であることだ。 『新耳袋』では様々な理由から意識的に“呪い”などが絡む話を基本的に排除していたが、今回は初めて単独にて発表することとなったためか、或いは長尺となった体験談を“呪い”だからと筐底に隠しておくことが惜しまれたのか、いずれにせよその事情は想像するしかないのだけれど、怪談愛好家としてはこの物語を公表する決断をしてくれた著者に感謝すべきだろう。 実話だとすれば、本当に驚くべき内容なのである。多少日本の呪術などに通じている人間が読めば解るだろうが、実に東西様々な“呪い”の断片が物語を横切っていくのである。これから読む方のために詳述は避けるが、これだけ様々な背景が絡めば、それは関係者も無事で済むはずがあるまい、と戦慄する。怪奇現象の数々も、一個一個を抽出していけば定型に則っているものの、それが時機と状況を過たず繰り出されてくる様はまさに壮絶だ。そこに更に、聞き取りを行った著者自身までが符丁に絡んでしまうのだから、衝撃的である。 あまりに見事に展開していくために、創作ではないか、という疑いさえ抱いてしまうほどだが、個人的には創作でも構わないと思う――前述の通り、呼吸を弁えて繰り出される怪異の数々と、叙述にもきちんと配慮を施した作りは、仮にフィクションであったとしても優秀である。“怪談文学”として研鑽を重ねた結果が確かに感じられる作品であり、もはや虚実など追求する必要もない。 惜しむらくは、作業がよほど差し迫っていたのか、誤字脱字が頻繁に見受けられる点である。特に酷いのは帯で、自殺に追い込まれ“呪い”をかけたとみられる女性の名前を、当事者である沙代子ではなく、本文ではその妹として事件にも関わってくる今日子と記してしまっている。題名である“なまなりさん”という語句が、よりによっていちばん最後だけ間違われていたりと、どうも思慮に欠く状態のまま上梓されているのが惜しまれる。 ただ、このあたりは二刷以降で改善されていくだろう。内容的にはまさに新機軸、そして怪異談や日本各地の因習にある程度通じている人ほど戦慄を禁じ得ない、怪談としては優秀な仕上がりになっている。『新耳袋』終了以来、気品を備えた“怪談”に飢えていた人には心よりお薦めしたい。そして、余芸として怪談を行う程度の人間には醸し得ない本物の迫力を知らない方にも、是非ご一読いただきたい。待っていた甲斐のある、渾身の1冊である。 |
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