『ジェシー・ジェームズの暗殺』

原題:“The Assassination of Jasse James by Coward Robert Ford” / 原作:ロン・ハンセン(集英社文庫・刊) / 監督・脚本:アンドリュー・ドミニク / 製作:ブラッド・ピット、デデ・ガードナー、リドリー・スコット、ジュールズ・ダリー、デヴィッド・ヴァルデス、トム・コックス、マーレイ・オード、ジョーディ・ランドール / 製作総指揮:ブラッド・グレイ、トニー・スコット、リサ・エルジー、ベンジャミン・ワイズブレン / 撮影監督:ロジャー・ディーキンス,A.E.C.,B.S.C. / 編集:ディラン・ティチェナー、カーティス・クレイトン / 衣装デザイン:パトリシア・ノリス / 音楽:ニック・ケイヴウォーレン・エリス / ナレーション:ヒュー・ロス / 出演:ブラッド・ピットケイシー・アフレックサム・シェパード、メアリー=ルイズ・パーカー、ジェレミー・レナー、ポール・シュナイダー、ズーイー・デシャネルサム・ロックウェル、ギャレット・ディラハント、アリソン・エリオット、マイケル・パークス、テッド・レヴィン、カイリン・シー、マイケル・コープマン / スコット・フリー&プランBエンタテインメント製作 / 配給:Warner Bros.

2007年アメリカ作品 / 上映時間:2時間40分 / 日本語字幕:岡田壯平

2008年01月12日日本公開

公式サイト : http://www.jessejames-movie.com/

ユナイテッド・シネマ豊洲にて初見(2008/01/26)



[粗筋]

 1881年9月7日、ミズーリ州ブルーカット。既に15年間、仲間を入れ替えつつ場所を転々としつつ強盗を重ねてきたフランク・ジェームズ(サム・シェパード)とジェシー・ジェームズ(ブラッド・ピット)の兄弟は、招集したならず者達と共に列車強盗を行うために待機をしていた。そこへ、まるで場違いな陽気さを振りまく一人の青年が現れ、懸命に自分の売り込みを始める。彼の名は、ボブ・フォード(ケイシー・アフレック)――洗礼名ロバート。
 19歳のこの若者は、既に一味に加わっていたチャーリー・フォード(サム・ロックウェル)の弟であり、伝説や虚構にまみれたジェシーの武勇伝を愛読し、共通点をあげつらって悦に入るような少年がそのまま成長したような男だった。彼はまずフランクに接触し、右腕にして欲しいと懇願するが、この仕事を最後に足を洗うつもりだったジェームズ兄弟の兄は冷たくはねつける。だがジェシーはさほど拘ることもなく、この若者を一味に加えた。

 ブルーカットでの強盗計画は、予測よりも現金の額が遥かに少なかったため不首尾に終わったが、いったん解散を命じられた一味の中で、ただひとりボブだけがジェシー・ジェームズとその家族と同行するよう指示される。ジェシーは大した理由もなく、ただ扱いやすそうだと感じたからボブを荷物持ち兼家の手伝いとして残しただけのつもりだったが、かねてから憧れを抱いていたボブは有頂天になる。しかし、このあとに続いたしばらくの間の共同生活は、ボブの心境に思わぬ変化を齎すこととなった。

 一方、ジェシーと別れた部下の中には、思いがけない形で軋轢が生じつつあった。フォード兄弟の姉マーサのもとに身を寄せたのはチャーリーに、小間使いの任を解かれたボブ、それにジェームズ兄弟の従兄弟であるウッド・ハイト(ジェレミー・レナー)と、ジェシー達と付き合いの長いディック・リディル(ポール・シュナイダー)たちだったが、マーサやその娘に関心を抱くウッドに対し、前々から反りの合わなかったディックはしばしば立ち塞がった。やがて、ウッドの実家に移動した彼らは、致命的な対立を生じることとなる。

 変化が生じていたのは、部下達だけではなかった。兄と袂を分かったジェシーもまた、様々な不安からパラノイアックな言動が目立つようになっていく。決め手は、エド・ミラー(ギャレット・ディラハント)という部下を隠れ家に訪ねたことにあった……

[感想]

 近年、『マイティ・ハート―愛と絆―』やアカデミー賞受賞作『ディパーテッド』など、製作業での活動が目立っていた印象のあるブラッド・ピットが原作に惚れ込み、自らタイトル・ロールの一人であるジェシー・ジェームズを熱望し、製作を兼任して作りあげたのが本編である。

 日本人にとっては馴染みが薄いが、アメリカなどではジェシー・ジェームズは“義賊”として慕われているという。生前からその評価は高く、既に虚構で彩られた評伝が書店を賑わせ、その動向は各地の新聞で大々的に報じられた。だがその死は、信頼していた部下に背後から撃たれる、といういささか呆気ないもので、しかしその悲劇性故に余計に後世で名を留めることに繋がったと見られる。

 他方で、そのジェシー・ジェームズを撃ったロバート・フォードという人物については、あまり多く知られていない。極めて若く、暗殺の様子を芝居にして公演を打ったが最終的に卑怯者呼ばわりされて落魄、稼いだ金で建てた店にて、やはり暗殺されて一生を終えた、という程度しか解っていないようだ。

 本編の原作小説は、そうして謎に包まれた部分の多いロバート・フォードの人間像を、当時の情報を元に肉付けし、彼と“英雄”ジェシー・ジェームズを重ね合わせることで奥行きを齎していった。詳細さは出色ながら、如何せん英語圏の文学にありがちな長大化のために取っつきにくい印象のある原作のなかから、本編は必要な部分、映像的に印象の強い箇所をうまく抽出・整頓して映像化している。

 撮影監督のロジャー・ディーキンスは既に幾度も賞に輝く名匠であるだけに、まず本編は映像の美しさに秀でている。特に冒頭、作中で唯一まともに描かれるジェシー・ジェームズたちの犯行において、暗闇の中、列車の光を乱反射させる煙の中に佇むジェシー・ジェームズの姿の美しさは、それだけで一幅の絵画のように感じさせる。以降も、記憶に明瞭な印象を残すカットが無数に存在している。原作の美しい場面を巧みに抜き出し、それを最大限完璧な形で絵にしている点がまず秀逸だ。

 だがそれ以上に、原作では無数の出来事が同時多発的に進行し状況を把握しづらくなっているのを、主題に沿ってジェシー・ジェームズとロバート・フォードふたりの視点に絞り込み、よく整理整頓していることを評価したい。原作を読んでからだと説明が足りない、と感じる部分も多いながら、必要な部分をうまく抽出しているので、両者の意識の流れが非常に捉えやすくなっている。

 その簡略化の罪を挙げるとするならば、暗殺の瞬間の真相を、原作ではまだ曖昧にしているところを、かなりある方向へと傾斜して語っていることだ。暗殺の直前、ジェシー・ジェームズはかつての彼ならばあり得ないような不自然な行動をしており(そのあたりはきちんと資料が残っており、事実通りと見て差し支えない)、その動機を本編ではかなり明白に絞り込んでいる印象がある。製作として細部の検証にも携わっていたブラッド・ピットは、どういうつもりであんな行動をしたのか、その解釈は観客に委ねる、としているが、しかし少なくとも監督らの意志はかなり明確にある結論を選択している。解釈の幅を狭めてしまっているのは、やや瑕として捉えられるだろう。

 だが、ここで解釈をくっきりと打ちだしているからこそ、終盤、ジェシー亡き後のロバート・フォードの描写に奥行きが生まれている、とも言える。当初、英雄視される快感に浸っていた彼の凋落と、若くして悟ったかのような様子に変じていく様は、冒頭の描写と重ねると圧巻である。ロバートを演じたケイシー・アフレックアカデミー賞助演男優賞候補*1をはじめ様々な賞を獲得しているが、それも納得の幅のある演技が素晴らしい。

 しかし終盤のロバート・フォードが際立つのも、それと対を為す“英雄”ジェシー・ジェームズの存在感に説得力があってこそ、である。近ごろはそのカリスマ性をいささか持て余しているきらいのあったブラッド・ピットだが、持ち前の演技力にスター性を充分に活かし、南北戦争から程近い頃に活躍したアンチ・ヒーローを見事に体現している。キャリア最高の演技、という賞賛も聞こえるが、言い過ぎではない。

 洗練された脚本と映像、説得力に富んだ演技によって構築された、重厚感溢れるドラマである。映画人として成長を見せるブラッド・ピットが、自らのスター性をも制御しはじめたことを示した点でも、見逃せない1本と言えよう。

 ……なのに、上映規模の縮小が早いのが不憫でならない。鑑賞時点でも急速に縮小されていたため、多忙を押して劇場に駆けつけたのだが、現在でも一部で続いているとは言え極めて小規模になってしまった。いい映画なのに、どうにも勿体ない。

*1:2008/2/20現在、まだ受賞者は発表されていない。

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