原題:“Juno” / 監督:ジェイソン・ライトマン / 脚本:ディアブロ・コディ / 製作:ジョン・マルコヴィッチ、リアンヌ・ハルフォン、メイソン・ノヴィック、ラッセル・スミス / 製作総指揮:ジョー・ドレイク、ネイサン・カヘイン、ダニエル・ダビッキ / 撮影監督:エリック・スティールバーグ / プロダクション・デザイナー:スティーヴ・サクラッド / 編集:デーナ・E・グローバーマン / 衣装:モニク・プリュドム / 音楽:マテオ・メッシーナ / 歌:キミヤ・ドーソン / 音楽スーパーヴァイザー:ピーター・アフターマン、マーガレット・イェン / 出演:エレン・ペイジ、マイケル・セラ、ジェニファー・ガーナー、ジェイソン・ベイトマン、オリヴィア・サルビー、J・K・シモンズ、アリソン・ジャネイ / 配給:20世紀フォックス
2007年アメリカ作品 / 上映時間:1時間36分 / 日本語字幕:松浦美奈
2008年06月14日日本公開
公式サイト : http://www.juno-movie.jp/
TOHOシネマズ西新井にて初見(2008/06/14)
[粗筋]
妊娠検査キットに3回立て続けに表示された“+”のマークに、ジュノ・マクガフ(エレン・ペイジ)は暗澹とした。心当たりは2ヶ月半前、バンド仲間の男友達ポーリー・ブリーカー(マイケル・セラ)と、退屈しのぎでした1回きりのセックス。絶望に自殺も一瞬だけ考えて、しかし我に返るとジュノは忌まわしい椅子と一緒にポーリーに妊娠を報告し、中絶する意志を伝える。
匿名で中絶の相談を請け負ってくれるボランティア団体のもとを訪れたジュノだったが、その前では中絶反対のプラカードを掲げた同級生が立っていて「胎児にも爪がある」とジュノに囁き、事務所の中はどこか清潔感に欠き居合わせた人は一様にヒステリックで居心地が悪い――たまらずジュノは事務所を飛び出し、親友のリア(オリヴィア・サルビー)にこう宣言する。
私、産む。産んで、子供を欲しがっている不妊の夫婦やレズのカップルに、養子に出す。
――必要から妊娠を打ち明けられたジュノの父マック(J・K・シモンズ)と継母ブレンダ(アリソン・ジャネイ)の驚きは計り知れなかった。せいぜい退学とかドラッグとか飲酒運転だと思っていたのに、よりによって妊娠とは。雑誌で養子を求める広告を探し、見るからに理想的な夫婦を見つけてある、と言ったジュノに、マックは面接の際自分もついていく、と告げた。
ジュノが見つけ出したのは、マクガフ一家が暮らしているのとは大違いの高級住宅街に居を構える、マーク(ジェイソン・ベイトマン)とヴァネッサ(ジェニファー・ガーナー)・ローリング夫妻。生活環境は整っているうえ、偶然に知ったマークの趣味はジュノと非常に近い。医療費の全額保障も受けられることになり、ジュノはふたりに産まれた子供を預けることを決意した。
だが、やはりティーンエイジャーが赤ちゃんを産むというのは、自分で育てるわけでなくとも、容易なことではなかった。ジュノは追々、それを思い知ることになる……
[感想]
本篇は一種、現代のアメリカン・ドリームを体現した作品として、昨年から今年はじめにかけて本国で持て囃されたものである。インディペンデント製作のために当初公開館は極めて限られていたのが、口コミで評判が拡がり瞬く間に数千館規模で上映が行われ、最終的にボックスオフィスで最高2位に到達する大ヒットとなった。監督はこれが2作目で脚本家は処女作、出演者も演技達者が多いことは事実だが決して知名度の高い俳優が揃っているわけでもなく、これだけで充分奇跡だったが、今年に入っては賞レースでもたびたび名前が挙がり、先のアカデミー賞では作品賞・監督賞・主演女優賞・オリジナル脚本賞の4部門にノミネート、そして見事脚本賞に輝いた。
もともと私は『ハードキャンディ』という作品で、大人を喰らう“赤頭巾ちゃん”を好演したエレン・ペイジという女優に着目しており、そんな彼女が主演、一躍その名を知らしめたという本篇も気に留めており、日本公開を心待ちにしていたのだが、いざ現物を観てみると――なるほど、アメリカで人気を博するわけだ、と素直に納得がいった。
ただ、日本では少々微妙かも知れない、と思ったのは、本篇がコメディと言い条、その笑いの取り方やくすぐりが、多くアメリカ特有の文化や社会状況に色濃く依存していることによる。十代の友人関係やドラッグストアなどの文化との接点、また労働者層と富裕層との線の引き方など、そういうところを実感的に理解している、さもなくばアメリカにそういう土壌があることを知識としてある程度把握していなければ、面白みを感じられない、皮肉や切実さを捉えられない描写が無数にあるのだ。中絶支援の団体と、高校生ながらそれに単身反対運動を試みている少女であるとか、子供を養子に渡す、という理由から労働者層の娘であるジュノが裕福な夫婦を面接する側に回る、という構図のユーモアは、中絶賛成・反対がストレートに扱われず、家族というより世代で階層化されてしまっている日本人には直感的に掴みきれないだろう。だから日本ではアメリカほどに爆発的なヒットとはならない可能性もあると思う。
しかしそれでも、ジュノというキャラクターの突き抜けた個性、ユニークさ、圧倒的な魅力は間違いなく伝わってくるはずだ。ぞんざいな口の利き方をして、16歳にしてどこか世を拗ねたような印象のあるジュノだが、しかし趣味を中心にしつつも知識は豊富で、物言いは常にユーモアに満ちている。アメリカらしい個人主義を信奉しているように見えて思慮分別にも優れており、言葉遣いは乱暴ながらローリング夫妻に胎児の成長ぶりを逐一説明しに行ったりするなどの気遣いも忘れない。16歳らしからぬ老成ぶりだが、しかし終盤で遭遇するトラブルに、「自分の大人度を超える事態に遭遇してしまった」と嘆くぐらいには子供っぽさもあり、同時に子供であることを自覚もしている。恐ろしく奥行きのあるキャラクターが確立されており、背景にある文化に理解があるか否かを別にしても、確実に観客を魅了するだろう。突飛ではないけれど、しかし前例のない人物像である。
脚本そのものが、プロットの緊密な構成よりもそうした人物像の魅力を剔出する技に優れていることは、ジュノと対になる夫婦の人柄や、ジュノの両親との距離感、一度きりのセックスの相手である男友達の肉付けからも明瞭だが、しかしジュノをここまで魅力的にしているのは、やはり演じているエレン・ペイジの驚異的な同調ぶりによるものに違いない。可愛らしいながらもふてぶてしい表情、その口から繰り出される台詞の自然さなどなど、こういう言い方も妙だが、まさに“ジュノ”そのものにしか見えない。『ハードキャンディ』以外にも『X-MEN:ファイナル ディシジョン』で壁抜けの能力のあるミュータントを演じ存在感を示していたことを承知している私でも、過去の演技が咄嗟に思い出せないほどに作品に溶け込んでいる。
本篇で高い評価を得た脚本だが、実のところ私の好むものとは違っていて、少々不満を抱いたことも記しておかねばならない。私はきちんと伏線を用意し、細かな描写がクライマックスで活きてくる脚本を理想と思っているが、本篇の脚本は人物造型に優れている一方で、構成そのものは直感に頼っている印象が強かったのだ。それゆえに、人物の魅力を引き出すという意味では不可欠だがお話にとっては決して重要でない描写が多く、活かしようがあったのに放置された要素も少なくないのが気になった。
だがそれでも、全体としては好感を抱く仕上がりである。養子を受け入れる側の夫婦の設定が絶妙であるために終盤発生する予想外のトラブルと、そこからジュノが導き出す結論の苦みと、それ故の爽快感は秀逸だ。ジュノという少女の成長を描いた物語だが、最初に備えていた価値観を否定せず、そのキャラクターの良さは留めているのがまたいい。このあたりはプロットの緊密さよりも人物の魅力に重きをおいているからこそだろう。
脚本や主演女優の評判の良さゆえに、やや軽んじられている印象もあるが、実は本篇を手懸けた監督も、デビューとなる前作『サンキュー・スモーキング』でいきなり注目を浴びた経緯のある俊英であり、本篇でもまたそのひねりの利いたユーモア・センスを演出面で巧みに発揮している。実写をアニメーション・タッチに処理したオープニングにテンポのある描写、面談の場面でふたつの出来事を交差させる手管など、唸らされる表現が随所に見られる。とりわけ、小柄なジュノが、人波に逆行して歩くシーンをみたび採り上げているが、最初は波に押し返されそうな有様だったのが、三度目には彼女のあまりに膨らんだ腹に圧倒されて、十戒よろしくあちらから左右に分かれていく様がユーモラス、かつ圧巻だ。手法としては決して珍しくはないものの、ジュノのキャラクターをより強く印象づけると共に、ユーモアとしてもドラマとしても胆となっている。
間違いなくハッピーエンドなのだが、そこに決して安易な結論を持ち込まなかったことで、苦みと爽快感を同時に演出している。脚本、演出、俳優のいずれかにブレがあれば、ここまで魅力的な作品にならなかっただろう――それも含めて、確かにリアルで、愛すべき物語だ。題材が十代のセックスと妊娠を扱っているだけに、一部の頭の固い大人には勧めがたいだろうが、しかしジュノと同じ世代からその親、更に上の世代にまで、ちゃんと観てもらいたい作品である。そしてこれが受け入れられ、認められるアメリカの映画界もまだまだ捨てたものじゃない。
しかし、魅力的なのはいいんだが、「ホラーと言ったらダリオ・アルジェントでしょ」という感性は色々な意味でどうかと思う。だいたい、アメリカのレーティングではアルジェント作品ってそうとう高く設定されそうなんだが、16歳が普通に観てていいんだろーか。
……まあ、私も好きなんですけど。
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