『イーグル・アイ』

『イーグル・アイ』

原題:“Eagle Eye” / 監督:D・J・カルーソ / 原案:ダン・マクダーモット / 脚本:ジョン・グレン、トラヴィス・アダム・ライト、ヒラリー・サイツ、ダン・マクダーモット / 製作:アレックス・カーツマンロベルト・オーチー、パトリック・クローリー / 製作総指揮:スティーヴン・スピルバーグエドワード・L・マクドネル / 撮影監督:ダリウス・ウォルスキー,ASC / プロダクション・デザイナー:トム・サンダース / 編集:ジム・ペイジ / 衣装:マリー=シルヴィ・デヴォー / 視覚効果スーパーヴァイザー:ジム・ライジール / 音楽:ブライアン・タイラー / 出演:シャイア・ラブーフミシェル・モナハンビリー・ボブ・ソーントンロザリオ・ドーソンマイケル・チクリスアンソニー・マッキー / 配給:角川映画

2008年アメリカ作品 / 上映時間:1時間57分 / 日本語字幕:林完治

2008年10月18日日本公開

公式サイト : http://eagleeye-movie.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2008/10/18)



[粗筋]

 コピー屋で働くジェリー・ショー(シャイア・ラブーフ)はある日、突然実家に呼び戻された。軍で広報室長を務めていた双子の兄イーサンが事故死したのである。大学中退、放浪の挙句に安い賃金で働き家賃の支払いにも汲々としているジェリーは双子の兄とも音信は途絶え気味、実家からは絶縁状態だったが、それでも突然の死にジェリーは打ちひしがれる。

 アパートに戻る途中、口座の残金を確認したジェリーは、そこに信じがたい大金を目にする。喜び、思わず大量に下ろしてしまったジェリーが帰宅すると、我が家には無数の荷物が運び込まれている。中身は、暗視スコープに多量の硝酸アンモニウム、そして銃器類。驚愕するジェリーの携帯電話が鳴り、聞き覚えのない女の声でこう彼に告げた。「FBIが突入する。30秒以内に逃げなさい」

 言葉通り、突入してきたFBIによってジェリーは逮捕される。訊問に当たったのは、テロ対策室の捜査官トーマス・モーガン(ビリー・ボブ・ソーントン)――兄と異なり、うだつの上がらないジェリーにかけられたのは、何とテロリストの嫌疑であった。

 これは何かの間違いだ、とモーガンに訴えるが、聞く耳を持ってくれない。どうにか通話許可を得て、固定電話で家族に連絡を取ろうとしたとき――突如通話は妨害され、あの女の声がふたたび告げた。

「脱出の手順を整えた。あと4秒のあいだに、床に伏せなさい」

 困惑したジェリーだったが、窓の外から迫り来たクレーンを目にして、初めてその言葉に従う。破壊された部屋、街中のネオンサインが描く“ジェリー、飛べ”の文字――ジェリーは事態を把握しないまま、窓から飛び出した。

 導かれるまま、最後に放り込まれた車の運転席に座っていたのは、女。当然、彼女こそ黒幕だと思ってジェリーは罵倒するが、女もまた「息子はどこにいるの?!」とジェリーを追求する。彼女――レイチェル(ミシェル・モナハン)もまた、旅行に出かけたはずの息子を人質に、謎の女の声によって動かされていたのである。

 モーガン捜査官を中心に、追いすがるFBIから逃れる必要にも駆られて、やむなくジェリーとレイチェルは女の声の指示に従って行動する。果たして“声”の正体は、その目的は……?

[感想]

 最近はあまり聞かなくなったが、一時期は“ジェットコースター・ムービー”という惹句が頻繁に用いられた。スリルとサスペンスに富み、展開の早い映画に対して用いられたものだが、本篇はこの惹句がとてもよく似合う。

 プロローグは衛星映像と、それを駆使したアメリカ軍による作戦行動が描かれ、オープニングを挟んでシャイア・ラブーフ演じるうだつの上がらない青年の退廃的な日常が軽く描かれると、あとはもはや考えている余裕なく、物語に引きずり込まれる。登場人物自体が、突如身に降りかかった危機により、有無を言わさず謎の声に従わされ、途中ろくに考える余地もない状況に追い詰められていくのだが、観客も同様の感覚を味わわされるのだ。矢継ぎ早の窮地とギリギリの脱出劇、多くの巻き添えを伴うカーチェイスと、これまでのアクション映画ではあり得なかったシチュエーションが連続し、まさに目が離せない。

 しかし、本篇の最大の謎である、主人公ふたりに命令を下す女の声の正体とその目的は、率直に言ってさほど特異なものではない。フィクションでは比較的よく見られるアイディアであるし、現に私自身が最近、観た覚えがある(ネタばらしになるのでどれだとは言わないが)。もしそこに意外性を求めていたり、大きな期待を寄せていると、少々肩透かしに感じられるかも知れない。よほどフィクションずれしていない観客なら兎も角、慣れ親しんでいるほどに既視感を覚えるはずだ。

 それでも本篇は、その土台の上に丁寧に計画を築くことで、サスペンスとしての見せ場を随所に鏤めながら、謎をも追加し、終盤で驚きを盛り込んだクライマックスへと繋いでおり、ストーリーの完成度は高い。そもそも何故このふたりが計画にとって必要だったのか、というくだりをクライマックスの手前で解き明かすと、終盤では別に用意していた伏線を駆使して最後のヤマ場を構築する。巧みなアイディアと伏線の妙があって、その上に作りあげたアクションや見せ場が存在感を備えた作品なのである。

 細部のモチーフにリアリティがあり、その上で神憑りな、瀬戸際の脱出劇が繰り広げられるからこその面白さだが、ただ部分的に、たとえ作中で語られているシステムが完璧に構築されていたとしても、実現は難しそうな罠や出来事があることも指摘しておくべきだろう。ただ、その辺をある程度許容できれば、確実に物語に感情移入出来る。そのくらい、細部は生々しく、利用している機器の身近さもあって、登場人物たちの遭遇する“危機”が現実的に感じられるのだ。

 個人的に特に評価したいのは、主人公を設定しているものの、最終的に事態を収束させるのは決して少数の英雄ではなく、きちんとそれぞれの登場人物が、それぞれの動ける範囲で抵抗を試みた結果としてクライマックスが導き出されていることだ。最も観客に近い目線で活躍するジェリーが最大の見せ場で活躍するのは致し方ないとしても、他の登場人物がいなければこのラストは存在していない、そういう描き方が成立している。個々の登場人物の関わりが必ずしも密でないことも、それぞれの立場によって異なる事態の捉え方を疎かにしていないと感じさせ、好印象を齎している。

 勿体ないのは、それだけ密度が高く、また物語のスピード感を重視し畳みかけるようなサスペンス、アクションの構成を心懸けた作りが、結果として全体の印象をやや平坦に感じさせていること、またクライマックスで用いられる趣向が、とある映画に似てしまっていることだ。前者はサービス精神の発露であり、後者は恐らく偶然の一致であり多くの観客にとってもあまり重要ではないが、しかしもうひとつ工夫が欲しかった、と思えてしまう。

 とは言え、疵はその程度でしかない。密度の高いプロットと、見せ場の多い映像、傑物こそいないがそれぞれに存在感を示し物語で居場所をきちんと確保している登場人物たち、そして結末できちんと齎されるカタルシス、と娯楽映画で求められる要素をきちんと詰め込み、2時間近い尺をまったく飽きさせない仕上がりは見事だ。気分転換のつもりで軽く観ても楽しめて、細部を検証してもよく作られていることに感心の出来る、質の高い1本である。

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