原題:“The Mule” / 原作:サム・ドルニック / 監督:クリント・イーストウッド / 脚本:ニック・シェンク / 製作:クリント・イーストウッド、ダン・フリードキン、ジェシカ・マイヤー、ティム・ムーア、クリスティーナ・リヴェラ、ブラッドリー・トーマス / 製作総指揮:ジェイソン・クロス、ルーベン・フライシャー、アーロン・L・ギルバート、トッド・ホフマン / 撮影監督:イヴ・ベランジェ / プロダクション・デザイナー:ケヴィン・イシオカ / 編集:ジョエル・コックス / 衣装:デボラ・ホッパー / キャスティング:タラ・フェルドスタイン、ジェフリー・マイクラット、チェイス・パリス / 音楽:アルトゥーロ・サンドヴァル / 出演:クリント・イーストウッド、ブラッドリー・クーパー、マニー・モンタナ、タイッサ・ファーミガ、アンディ・ガルシア、マイケル・ペーニャ、ローレンス・フィッシュバーン、ダイアン・ウィースト、アリソン・イーストウッド、クリフトン・コリンズ・Jr、ノエル・グーリーエミー、ジル・フリント、ロバート・ラサード、ローレン・ディーン、イグナシオ・セリッチオ / マルパソ製作 / 配給:Warner Bros.
2018年アメリカ作品 / 上映時間:1時間56分 / 日本語字幕:松浦美奈
2019年3月8日日本公開
公式サイト : http://hakobiyamovie.jp/
TOHOシネマズ新宿にて初見(2019/3/9)
[粗筋]
アール・ストーン(クリント・イーストウッド)の生きがいは、デイリリーの栽培だった。僅か1日で枯れてしまう繊細な花を精魂こめて育て、求めに応じてアメリカ各地へと配達して回っていた。その努力はしばしば品評会で報いられたが、そのためにないがしろにされる家族からの理解を得られることはなかった。シングルマザーだった娘アイリス(アリソン・イーストウッド)の結婚式をすっぽかしたことで、とうとう娘にも愛想を尽かされてしまう。
2017年、アールの宅地とデイリリーの農場は行政によって差し押さえられてしまう。急激に普及していったインターネットの導入を拒み続けた結果、とうとう販路を失ってしまったのである。家財道具を乗せたトラックで、フィアンセとの新たな暮らしを始めていた孫娘ジニー(タイッサ・ファーミガ)のもとを頼ろうとしたが、折しも開かれていたブランチ・パーティに訪れた元妻メアリー(ダイアン・ウィースト)の拒絶にあい、アールは踵を返す。
だが、そんな彼に、パーティの参加者のひとりが声をかける。職も家も失ったアールに、もし稼ぎが欲しければ、紹介したい仕事がある、という。町から町へ走るだけ、他には何もする必要はない、という話に、アールは心惹かれた。
相手に促されるがままアールが訪れたのは、テキサス州エルパソのタイヤ店。ライフルを携えた物騒な男たちは、アールのトラックに鞄を詰めこむと、1台の携帯電話を託す。この電話がかかったら必ず出ること。目的地であるホテルに着いたら、グローブボックスに鍵を入れて1時間、トラックを離れること。戻ったときには鍵と一緒に、報酬が入っている。
週に60時間も車を走らせることが普通で、いちども交通違反の取締を受けた経験もないアールにとっては簡単な仕事だった。こうして容易に仕事を果たしたアールのもとには、驚くような大金が残された。
アールはその金でジニーの結婚式を援助した。未だ妻や娘の態度はつれなかったが、ジニーの晴れやかな表情を見て、まだまだ金が要ることを痛感する。トラックを新車のリンカーンに買い換え、アールは一度きりだと思っていた“運び屋”の仕事にふたたび手を染める。
更なる報酬で農園を買い戻したアールだったが、今度は彼にとって憩いの場である退役軍人のサロンが火災に遭い、再建費用の目処が立たない、という話を聞かされ、またしても“運び屋”の仕事を請け負った。だがその道中、荷物の素性が気になったアールは、とうとう鞄の中を調べてしまう。
そこに詰めこまれていたのは、大量のドラッグだった――
[感想]
クリント・イーストウッドは近年、俳優をやめる、と言っては撤回を繰り返している。正直なところ、ファンの方も多分に致し方のないことだ、というのは解っているのだ。なにせ90代に突入してなお現役で映画に携わっている。監督としての活動を続けて、円熟の手際を示してくれるだけでも有り難いのに、このうえ俳優として無理をして欲しいとは思えない。自身にもそんな認識があるから、しばしば「俳優はこれきり」と口走ってしまうのだろう。
しかし、俳優として復帰するときには、何かしら理由がある。『グラン・トリノ』はイーストウッドが演じてきたキャラクターを総括するような人物像がイーストウッド以外の俳優を事実上拒絶していた。『人生の特等席』は2000年代のイーストウッド監督作品に製作や第二班監督として携わった、いわば弟子のような位置づけのロバート・ロレンツの初監督作品だった。そして本篇の場合、実話をベースとしているが、この人物をイーストウッドが自分で撮りたい、演じたいという欲求に駆り立てた。
『グラン・トリノ』同様、本篇の主人公は、若い頃からイーストウッドが演じてきたキャラクターがそのまま年老いたような人物像だ。徹底した仕事人間であり、言葉遣いは悪いが人望は厚い。老いてなお酒にも女にも積極的だが、節度は弁えている。しかしそれでいて、家族をないがしろにする傾向にあり、妻や娘との関係は冷え込んでいる。『ブロンコ・ビリー』や『ザ・シークレット・サービス』あたりの主人公が年老いたらこんなふうになるのではなかろうか。往年のファンが本篇を鑑賞して、イーストウッドが年老いたことに感慨を抱くにしても、役柄への違和感はいっさい感じないはずだ。
そして物語自体も、まるでこれまで演じてきた作品のなかでの己をイーストウッドが省みるかのようだ。銃口を向けられても怖じ気づくことなく、荒くれ者に対しても気さくに接するしたたかさの一方で、自らを脅した相手であってもその行く末を気遣うような発言をする。長年お座なりにしてきた妻や娘への後悔を口にするのも、演じている主人公の生き様と現在の境遇を思えば自然だが、2000年代に入る以前の作品でほとんど触れることのなかった家族に対しての贖罪めいている。
『グラン・トリノ』がそうであったのと同じように、本篇の主人公はまさしくイーストウッドが演じてきた人物像を背負っている。だから、恐ろしいほどにその振る舞い、佇まいに説得力がある。終盤、ある人物に対して自嘲混じりに自らの境遇を語り、諭す場面があるが、言葉は簡潔、ジョークも交えて軽妙なのに、あんなにもどっしりと響く表現は、どれほどの演技派であってもたやすいことではない。
粗筋は細かく流れを追ったため少々長くなったが、骨子は決して複雑なものではない。しかし、主人公のドラマに焦点を置きつつも、本篇の語り口はスリルに富みサスペンスさながらだ。運ばされているのがドラッグだと気づいた直後の窮地に始まり、ギャング達との一触即発の駆け引き。それからも随所で命の危険を感じさせる場面を織り込んで、静かなサスペンスを展開していく。段階的に変化していく家族とのドラマとも相俟って、文芸的な佇まいなのに牽引力が強い。
イーストウッド演じるアール・ストーン以外は、決して際立ったキャラクターは登場しない。観る側を緊張させる悪党もいるが、人物像は類型的だ。しかし、ある程度の説得力を備えながらも押さえた振る舞いが、アール・ストーンという人物像を際立たせているのは間違いない。捜査官役のブラッドリー・クーパーやローレンス・フィッシュバーンをはじめとした、既に実績も豊かなキャストがこうした“引き立て役”を堅実に演じているのも、イーストウッドの存在があってこそ、だろう。
コウしてみると、このテーマはいまのクリント・イーストウッドが撮らなければいけない題材であり、彼以外の主演もあり得なかった。俳優引退を撤回してまで臨んだのも納得がいく。ここに至るまでのクリント・イーストウッドという映画人の築きあげたものをしみじみと味わわせてくれる逸品である。
関連作品:
『真昼の死闘』/『ブロンコ・ビリー』/『センチメンタル・アドベンチャー』/『ザ・シークレット・サービス』/『許されざる者(1992)』/『グラン・トリノ』/『人生の特等席』/『15時17分、パリ行き』
『アリー/スター誕生』/『30年後の同窓会』/『記憶探偵と鍵のかかった少女』/『オーシャンズ13』/『バチカン・テープ』/『ラビット・ホール』/『トランセンデンス』/『デス・レース』
『トランスポーター3 アンリミテッド』/『悪の法則』/『ドラッグ・ウォー 毒戦』/『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』/『サッドヒルを掘り返せ』
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