原題:“3:10 to Yuma” / 原作:エルモア・レナード / 監督:ジェームズ・マンゴールド / 脚本:ハルステッド・ウェルズ、マイケル・ブラント、デレク・ハース / 製作:キャシー・コンラッド / 製作総指揮:スチュアート・ベッサー、ライアン・カヴァノー、リンウッド・スピンクス / 撮影監督:フェドン・パパマイケル,A.S.C. / プロダクション・デザイナー:アンドリュー・メンジース / 編集:マイケル・マカスカー,A.C.E. / 衣装:アリアンヌ・フィリップス / 音楽:マルコ・ベルトラミ / 出演:ラッセル・クロウ、クリスチャン・ベール、ローガン・ラーマン、ベン・フォスター、ピーター・フォンダ、ヴィネッサ・ショウ、アラン・テュディック、グレッチェン・モル、ダラス・ロバーツ、レニー・ロフティン、ルース・レインズ、ケヴィン・デュランド、ベン・ペトレイ、リオ・アレクサンダー、ジョニー・ホイットワース、ルーク・ウィルソン / トゥリー・ライン・フィルム製作 / 配給:シナジー
2007年アメリカ作品 / 上映時間:2時間2分 / 日本語字幕:田中和香子
2009年8月8日日本公開
公式サイト : http://www.310-k.jp/
[粗筋]
ダン・エヴァンス(クリスチャン・ベール)は窮地に追い込まれていた。アリゾナの乾燥した土地ビズビーの外れで牧場を経営しているが、大地主のホランダーによって川を堰き止められたことで牧草が枯渇し、多額の借金を背負う羽目になったのだ。鉄道建設のためにダンから土地を没収することを目論んでいたホランダーは、小悪党のタッカー(ケヴィン・デュランド)を使って厩舎に火をかけさせ、更に追い詰める。
息子のウィリアム(ローガン・ラーマン)、マーク(ベン・ペトレイ)とともに逃げ出した牛を連れ戻しに向かったダンは、ベン・ウェイド(ラッセル・クロウ)が率いる強盗団が駅馬車を襲撃する現場に遭遇した。ひとりを除いて全員を射殺、ヘマをした仲間も容赦なく殺害する手口にダンは慄然とするが、風采の上がらない父親を軽蔑し、無法者に憧れる傾向のあったウィリアムは、ベンたちの振る舞いに恐怖と興奮を覚える。
ベンたちに馬を奪われるだけで済んだダン父子は、唯一の生存者であるピンカートン探偵社のバイロン・マッケルロイ(ピーター・フォンダ)を運んで移動する最中に、バイロンの仲間たちと行き会う。彼らはビスビーの街で駅馬車の到着を待っていたが、ベンたちに襲撃されたと知らされやって来たのだ。だが、襲撃後にベンたちが向かったのがビズビーだったと知り、自分たちに襲撃を知らせたのがベンの部下であったことを悟る――彼らは、騙されたのだ。
ダンは息子たちを先に帰すと、バイロンの仲間たちと共にビズビーへと赴く。ホランダーに返済の延期を求めるためだったが、鉄道建設のためにはダンたち一家が邪魔であることを教えられ、逆上したダンは、ホランダーが入った酒場へとショットガン片手に乗り込んでいく。
そこでダンはベンとふたたび遭遇、急転直下で彼が逮捕される現場に立ち会うことになった。ベンの列車強盗の被害に遭っていたサザン・パシフィック鉄道の代理人グレイ村・バターフィールド(ダラス・ロバーツ)はベンを裁かせるため、コンテンションの街からユマ行きの列車に乗せると言うが、しかしベンを逮捕したとなれば、彼の部下たちの妨害は必至。プロたちが尻込みする中、真っ先に手を上げたのはダンだった。
借金返済のため、高額の報酬を当て込んでのことだったが、ダンにはもうひとつ、どうしてもこの仕事を果たさねばならない理由があった……
[感想]
かつてはハリウッド映画の花形であった西部劇も、近年はめっきりと製作される本数が少なくなってしまった。“最後の西部劇”と呼ばれたクリント・イーストウッド監督の代表作『許されざる者』がアカデミー賞を獲得したのが本当に最後の大輪であったかのように思える。実際には幾つかは作られているし、ケヴィン・コスナーの『ワイルド・レンジ 最後の銃撃』など、一定規模の成績を上げることもあるようだが、日本に渡ってくることはほとんどなくなってしまった。
そうした中で、アメリカにて2007年に公開され、予想外の大ヒットを果たしたのが本篇である。エルモア・レナードの短篇小説を原作として1957年に製作された『決断の3時10分』を、同作をこよなく愛するジェームズ・マンゴールド監督がリメイクしたものだ。ボックス・オフィスで第1位を記録したばかりか、アカデミー賞音楽部門・音響部門でのノミネートを始め、様々な賞で候補に上げられ、興行的にも批評的にも成功した、近年稀な成功作となった。
これだけの評判を呼んだ作品ゆえ、日本での公開を待ち望む映画ファンは多かったが、様々な事情が絡んでなかなか実現せず、実に2年を経てようやく日本公開となった。忘れていた、という人も多いだろうが、この際映像ソフトへ直行でも構わないから、と思っていた私は、はっきり言っていささか過剰なほど期待をかけていたと言っていい。
だが実物の面白さは、評判と、待たされた分膨れあがった期待にもきっちりと応えるほどのものであった。
ごく表面的な部分や、ストーリー展開の外枠だけを撫でてみると、決して複雑なものではない。借金まみれの牧場主が偶然から犯罪者の護送に加わることになり、危険な旅を経て目的地へと向かう――ごく乱暴に略せば、それだけの話になってしまう。
しかし、たとえばどうしてダンがビズビーに向かうことになったのか、強盗団のリーダーを護送するという危険な役割を敢えて引き受けたのか、という動機付けや、それぞれの人物が行動に至った背景、その絡み方などは実に複雑に構成されている。どれか1つでも欠ければこういう物語にはならない、という緊密さは、そのまま異様なまでの緊迫感とリアリティに繋がっている。
登場人物たちの行動原理に、正義や道徳心といった、一歩間違えれば説教臭くなるような要素が、さほど多く含まれていないのも重要だ。途中でダンや一部の人物がそんなことを口にし、実際そうした想いも皆無ではないのだが、決して重きを置いていない。むしろ、どこかにちらつく正義や人間性、といったキーワードは、登場人物たち、特に護送するグループの側に属する人々の心に迷いを生じさせ、変化を齎すために用いられている傾向にある。
表面的ではない、緻密かつリアリティのある心理描写が、大枠はありがちに見える物語に強い芯を埋め込んでおり、非常に見応えのある作品に仕上がっている。特に移動の終盤、鉄道建設のためにトンネルの発掘作業が行われている現場を巡る一連の駆け引きは、ダンの人柄や護送グループの人々の微妙な人間関係に、ベンという人物の人望と過去の行状が絡みあい、更には登場人物たちの個性さえくっきりと描き出されていて出色だ。
作品にとっていちばんの魅力となっているのが、ダンとベンという、対照的だが芯の通ったキャラクターが並び立っていることだ。切羽詰まった境遇において、家族とのあいだに不協和音を起こしながら、起死回生のためにベンの護送という危険な仕事に赴くダンの姿は、必死さがあまりに惨めに思える一方で、ある種の崇高ささえ感じられる。対するベンは、荒くれ者どもを束ねるに相応しい貫禄、容赦のない悪党ぶりを示しながらも、時として聖書から的確に引用を行い、あちこちで風物をスケッチする奇妙な繊細さを見せる。なかなか本心を見せず、凶暴無類の人間に見せかけながら、不思議と親しみやすさ、愛嬌を感じさせるのが面白い。
この2人の、交わりながらも反発するような緊迫したやり取りに、繰り返される人死にと、周囲の人々との複雑な関係とが干渉しあって、乾いた光景に似つかわしくジリジリと皮膚を焦がすようなストーリーが繰り広げられる。こと、ダンのあとを追って勝手に護送グループに加わる息子ウィリアムとの関係性は、クライマックスに至って大きな意味を帯びてくる。この要素こそがそのままダンが最後に下す決断を大きく左右し、熱いドラマへと連携しているのだ。
西部劇の魅力である銃撃戦は、本篇では決して多くはない。また、早撃ちであったりファニングであるといった技もさほど多く御披露目されない。しかし、ドラマと密接に関わりあい、きちんと地の利を活かした戦いぶりを見せており、見応えも印象も強烈だ。前述のトンネル付近でのひと幕もさることながら、やはり素晴らしいのはクライマックス、コンテンションでの駅を前にした駆け引きと銃撃戦だ。結果として四方八方を取り囲まれ、誰が敵か味方か判然としない中での撃ち合いの緊迫感たるや、白黒はっきりしたアクション映画ではあり得ない代物である。
その銃撃戦とも密接に絡みあう終盤のドラマ、そしてラストシーンが著しい衝撃を齎す。恐らくあの結末は観る人によって評価は大幅に分かれるだろうが、そこに至るドラマの重厚さと衝撃は否定できまい。私は、あそこまでの描写をよくよく踏まえれば、決してあり得ない行動ではないし、極めていい締め括りだと思う。実に優れた“ツケの払い方”である。
基本的に目的ははっきりしており、そこからはみ出すことのない構造はシンプル極まりない。だがそのシンプルさにも拘わらず約2時間をまったく飽きさせず、どこか虚無的だが、この上なく熱い余韻を残す。ここまで出来が良ければ、もはや西部劇であるかどうかは関係ない。近年、ぬるい映画ばかりだと嘆いている方があるならば、とりあえず観ておけ、と敢えて乱暴な表現でお薦めしたい傑作である。
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コメント
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